このページは2019年10月5日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。 |
はじめに 韓国の地域性 |
ソウルがある京幾道(キョンギド)は賢くておしゃれな都会人で、計算高く、文句が多く、肉体労働を嫌う。江陵(カンヌン)がある江原道(カンウォンド)はゆっくりとした言葉を話し、のんびり屋で正直者。忠清北道(チュンチョンブクト)と忠清南道(チュンチョンナムト)を合わせて、忠清道(チュンチョント)と呼ぶ。大きい町は大田(テジョン)。素直で人がよく、おっとしとした人が多い。全州(チョンジュ)がある全羅北道(チョルラブクト)、木浦(モッポ)がある全羅南道(チョルラナムド)の全羅道(チョルラト)繊細で人当たりも柔らかいのですが、意外と計算高い。大邱(テグ)がある慶尚北道(キョンサンブクト)、釜山(プサン)がある慶尚南道(キョンサンナムド)の慶尚道(キョンサント)素朴で寡黙な働き者。特に釜山の人は開放的で情に厚い。韓国人の観光地として人気のある済州島(チェジュド)。この島に住む人は団結力があり、恥ずかしがり屋。女性は働き者で、気が強い。 韓国の古代地域は海洋民族の百済と騎馬民族の新羅に分裂していました。海洋民族の百済は騎馬民族の新羅に唐と組まれて滅ぼされたので両地域の人たちは仲が悪い。1965年、日韓基本条約を結んだ朴正煕大統領は慶尚北道善山郡亀尾(現亀尾市)出身です。これは古代の新羅の地域ですが、近代に入るとこの地域は日本との関係が深くなります。九州と慶尚北道は近いからですね。サムスン電子を創業した李秉喆(ビョンチョル)氏は大韓帝国慶尚南道宜寧郡正谷面出身です。李秉喆は一時、早稲田大学で勉強していました。これを見ると慶尚道が日本に関係が深いことがわかります。この地域は古代新羅の地域ですが、近代に入ると日本と関係が深くなります。また、17代の大統領、李明博も慶州李氏です。彼は大阪府大阪市平野区で生まれています。現在の文大統領は北朝鮮からの難民ですから、李氏とは仲が悪い。一般的に保守と言われる人は慶尚道地域出身、革新と言われる人は全羅道出身だと考えられば理解しやすいでしょう。郭新大統領の盧武鉉は光州盧氏、金大中は全羅道出身ですが、曹国は釜山出身ですが、革新なので話がややこしくなります。これは明治時代、薩長閥と幕府閥に別れている感じです。これらのことを考慮に入れて現在の徴用工問題を考察すると日韓基本条約を結んだ朴正煕大統領は慶尚道の人たちにお金を配り、全羅道の人にはお金を配らなかった。現在、賠償金を請求しているのは徴用工の人たち主に全羅道の人たちです。金大中が大統領になった時、大統領専用機は大韓航空を排除しアシアナ航空になりました。日本では考えられないことですが、慶尚道出身か全羅道出身かで韓国の政治や経済は大きく変わる。ですから、サムスンを苦境に立たせているのは大統領と全羅道の人たちです。だから、サムスンのことなど無視している。検察や大統領府も同様、大統領が変わると前政権の勢力は一掃される。その象徴が大統領の逮捕です。これらのことを知って日韓関係を見ると、両国の関係が理解できると思います。 |
第61回 『日本と朝鮮半島の古美術』 |
2018年10月、韓国大法院で徴用工の個人賠償請求権は日韓請求権協定の効力範囲に含まれないと判断しました。また、同年12月には海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題によって、日本と韓国の関係がさらに悪化、2019年7月、日本のフッ化水素の輸出停止、8月、韓国のGSOМAの停止、法相・曹国氏の起用などの問題が起こり、混乱が広がっています。テレビやネット、新聞では毎日、日韓の対立に関するニュースが大量に発信されています。お昼のワイドショーなどを見ると、日韓関連の問題に多くの時間を割いていることがわかります。しかし、ニュースを見ても、政治や経済的な対立を報道するばかりで、問題の本質にまったく迫っていない。中立的な立場をとる公共放送のNHKでさえ、本質に触れる番組を制作しない。これでは表面的な問題ばかりに目が行き、問題の本質に迫ることはできません。私は古美術商なので、数十年前から日本や朝鮮半島の古美術を扱っています。両国の古美術品の価格の推移や市場動向を観察すると、マス・メディアが配信しているニュースとはまったく違った視点から両国の関係を知ることができます。今回は両国の文化や古美術を通して、日韓関係を考察したいと思います。 |
(2) 朝鮮半島人の持つ宗主国の概念 |
朝鮮半島人に会って日本人にない考え方に宗主国に対する概念があります。Wikipediaによると、「宗主国とは、実際の権力は対等もしくは逆転しているが格式や権威において上下関係を有するか、または格式や名目上の権威においては対等だが権限範囲において上下関係を有する諸国において、その最上位にあって他の関係諸国を下位とする ..宗主国とは国である。儒教的封建国家の関係における上位の国。下位の国は藩属という」です。朝鮮半島人が宗主国の概念を持つようになったのは、7世紀に唐が高句麗を滅ぼした時期です。この時代、半島三国の中で弱小だった新羅は唐と連合して百済、高句麗を滅ぼしました。その結果、朝鮮半島を統一できた新羅は、唐を宗主国として崇めるようになります。その後、朝鮮半島の国と中国は国家的な興亡をくり返しながら外交関係を維持しますが、宗主国の概念が決定的に朝鮮半島人に浸透したのは、14世紀後半、李氏朝鮮(1392年~1910年)が、儒教を国教とする明に朝貢したときです。再び、Wikipediaを見ましょう。 |
(3) 1990年以降の朝鮮半島の古美術事情 |
1965年、日韓基本条約を契機とした日本からの1960年代半ばから1990年までの約25年間。日本の円借款と技術援助により、韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げます。1988年、ソウルオリンピックが開かれた頃から、経済的にも余裕が出た韓国人も古美術品に興味を示すようになります。それと共に高麗や李朝の古美術品の値段が勃興します。当時、日本はバブル景気に浮かれていたので高値でも朝鮮半島の古美術品を買っていました。バブル当時を振り返ると、朝鮮半島の古美術品だけではなく、伊万里などの日本の古美術品も高かったですね。今、考えるとあの高値は一体、何だったのかと思います。 |
(4) これからの日韓関係 |
これまで古代、中世を通して韓国人の民族性を考察しました。それを見ると古代朝鮮半島人は技術を持っていましたが、明に冊封するようになった時期から政治性が強くなったことがわかります。それは現在でも同じで、韓国人は技術よりも政治を重んじ、大国に依存する傾向があります。日本はすでに大国ではないので、韓国人は相手にしたくないのです。現在、韓国人は日本よりもアメリカや中国に目を向けています。それは民族性を考えると仕方ないことです。若い頃、結婚したのですが、夫の稼ぎが悪くなったので離婚して、新しいお金持ちの夫を探しているような状態です。逆に言うと、日本人もかつての海外に対する経済的影響力が低下したことを認識するべきです。かつての経済大国ではない。 |