このページは2017年12月2日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。 |
第43回 古美術と社会学シリーズ③ 「古美術と日本の風景の変容」
(1) うさぎ追いし かの山 小鮒釣りし かの川 |
「ふるさと」は、日本人なら誰でも知っている1914年(大正3年)に発表された高野辰之作詞、岡野貞一(鳥取市出身)作曲による文部省唱歌です。作詞家の高野辰之は長野県中野市の出身なので、この歌の情景は信州ということになります。1890年代、信越本線は長野市を超え、新潟県に達しました。それから30年後、東京は1923年に起こった関東大震災の復興のため、長野県や新潟県から人材を受け入れ、日本で最初の都市型のサラリーマンを出現させます。それは主に次男以下の男性でした。 |
(2) 日本列島改造論
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1970年、大阪で「日本万国博覧会」が開かれた頃から全国で道路や鉄道の整備が始まります。1965年に名神高速道路が1969年に東名高速道路が開通し、東京大阪間は自動車での移動が可能になりました。 |
(3) ネット・オークションの出現
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道路網が整備されるようになった1976年代、宅配業が登場しました。宅配業は日本で物販が拡大するにつれ、取扱量も増加します。
【1】 ネットオークションを通して、自宅にいても古美術品を買うことが可能になった。 ネットオークションの出現で大きく変わったのは購入者側だけではありません。業者側の変化を見てみましょう。
【1】 それまで業者の交換会に古美術品を出品していて換金していた業者は直接、顧客と取引できるようになった。しかし、業者市で業者が購入した古美術品に、余分な経費が含まれるよになったので仲介手数料が割高になった。
プロの私でもネットオークションで新しい模倣品、偽物を購入することがあるので、素人の取集家がそのような商品を大量に購入していることが簡単に想像がつきます。偽物と分かった時は、再びネットオークションにそれを出品すればよいので便
利と言えば便利ですが……。 |
(4) 都市の変容
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インターネットが普及して、社会の仕組みが大きく変わりました。Wifiがあれば世界のこととでもつながることができます。大都会と過疎地帯の田舎も直に情報交換できるので、家や蔵にある物をネットオークションに直接、出品することができます。最近はメルカリも登場して認知されている。田舎に住んでいてもインターネットがつながっていれば、そこで仕事をすることも可能です。ネットの普及によって、田舎の隅々まで情報がいきわたり、逆に発信することもできるようになりました。かつては蔵のある田舎の家に古美術業者が訪ねて、蔵の中にあった物を初出ししていましたが、現在では蔵の所有者が直接、ネットオークションに出品できます。買い出しに行く骨董業者の姿も少なくなりました。 |