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染付 植物文 二合徳利
[2026/05/30]

古美術商を何年やっていても不明な作品が多々あります。その一つが写真の染付徳利。一般的にこのような徳利は伊万里焼として市場に出品されますが、絵付けや形を見ると微妙に土味や絵付けの異なる作品があり、産地を確定するのに困惑します。形を見ると備後の名産・保命酒のために作られた徳利であると想像できますが、産地になると不明。製作された候補地としては伊万里焼、波佐見焼、一ノ瀬焼、小峰焼、砥部焼、切込焼などなど。本品を見ると波佐見焼作品のような気がしますが…。
ところで、本品のような徳利は1980年代後半のバブル経済時代、初期伊万里徳利として20万前後で取引されていました。当時の古美術雑誌を見ると同類の徳利が伊万里焼として扱われていたことがわかります。2010年代になり、ネット通販の取引が活発化すると、需要と供給の関係から古美術品の値段が下がり、それまで高値の花だった品物を購入できるようになりました。また、ネットの普及で情報取得も容易になったので産地が特定できるかと思いきや、何年経ってもこのような徳利の産地は不明なままです。窯跡から陶片が出土したとしても、それだけで産地は確定できない。
このような状況を見ると最終的にたどり着く結論は、「多くの窯で本作のような徳利が生産されていた」ということです。19世前半、有田の大火以降、磁器生成の技術は全国に広がりました。私たちが伊万里焼だと思っている磁器の多くは、地方の窯で製作されたものかもしれません。

高さ 約12.5cm/胴径 約9.3cm

御売約、ありがとうございました

本草学と花唐草の時代
[2026/05/23]

5月になって気候が乱高下、真夏日が続いたと思えばセーターが必要な日もあり、寒暖差が大きくなっています。このような時候だと体調を崩しがちになるのでご注意ください。
写真は伊万里焼染付の大根・花唐草文皿。暑い季節は色絵よりも染付、呉須の青さが涼しさをもたらしてくれます。このような染付が日本で一般的に普及したのは18世紀前半、徳川吉宗の改革時代です。それまで伊万里焼は貴人の贈答品、もしくは西洋に輸出する高級品でした。17世紀後半の清政権の安定による磁器輸出とマイセン窯の創設によって西洋でも磁器生産が可能になり、伊万里焼の輸出は減少、有田の窯元たちは日本国内の販売に力を入れるようになりました。その結果、磁器の意匠は西洋人好みのデザインから日本人好みのデザインに変更されます。
この時期、日本では享保の改革が始まり、オランダから様々な分野の本が輸入され殖産に大きな影響を与えました。1708年に貝原益軒が「大和本草」を著わした頃から日本の博物学熱が高まっていきます。その後、魚介類・鳥類・植物などを『〜図譜』『〜譜』と題した書物が流行、その影響が伊万里焼のデザインにも及びました。
ところで、本品には大根が描かれています。北前船が拡大した18世紀中頃、日本中の家で恵比寿大国を飾られるようになります。伊万里焼を見ると、この時代から大根が出雲神である大黒天の象徴として描かれるようになります。大根は豊穣、多産の象徴として描かれたのです。本品には花唐草のデザインが施されていますが、大根も花唐草と一緒に描かれるとお洒落に見えます。
ちなみに、大根といえば関東では練馬や板橋の大根が有名、関西は聖護院大根、九州は桜島大根。たくわんや切り干し大根、おでんが好物の私にとって大根は大切な食材。大根を食べながら、染付大根文の作品を見ていると歴史と味覚を同時に楽しむことができます。楽しいですね。

口径 約25.3cm/高さ 約3.5cm

御売約、ありがとうございました

アニメ「鬼滅の刃」の時代
[2026/05/16]

2026年4月10日、アニメ映画「鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」の全世界興行収入が1179億円に到達し、日本映画として歴代最高を記録したことが発表されました。この映画の海外興収は777億円(国内402億円)で、いかに世界を席巻し、海外ファンを魅了したかわかります。
私は2019年からアニメ「鬼滅の刃」のファンだったのですが、ここまで大成功を収めるとは想像ができませんでした。このマンガの魅力は何といっても呪術的な雰囲気の残る近世とモダニズムが流行をし始めた近代、大正時代の時代設定。「鬼滅の刃」では日本が近世文化を捨て、近代化していく様子がうまく描かれていています。
写真はオールドノリタケのバラ文花瓶と吹きガラスの乳白赤氷コップ。大正時代に製作された作品です。この時期、第一次世界大戦の影響でヨーロッパの生産力が激減、日本は輸出によって「成金景気」が出現します。その時代に生糸や綿製品、軍需品などと共に外貨を稼いだのが、オールドノリタケなどの陶磁器でした。現在、オールドノリタケ作品を見ると日本のモダニズムがどのようなものだったか想像することができます。この時代、日本の西洋化が進み、洋食などを食べる文化も出現しました。食器を商いしていると当時の日本人の食生活を想像することができます。
当時はガラス製品が一般に普及し、陶磁器同様、海外に輸出され人気を博しました。この時代、都市では人工氷の販売が開始され、日本人はかき氷を食べるようになります。その頃、作られたのが写真の氷コップです。
ところで、昭和時代のマンガやアニメは「鉄腕アトム」など、未来志向の題材を扱うものが多かったのですが、令和になると「鬼滅の刃」や「ゴールデンカムイ」などレトロ時代を扱う作品が増えました。オールドノリタケの作品を飾り、吹きガラスの小鉢を使ってデザートを食べながら、アニメ「鬼滅の刃」を見ると大正時代の雰囲気が堪能できます。

高さ 約21.5cm/横幅 約13cm

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遼の鶏冠壺
[2026/05/09]

1983年、中国で改革開放政策が始まり各地でインフラ整備が行われました。その時、地中にあった新しい遺跡や遺物が次々と発見されました。そのような遺品はイギリス領だった香港から日本に流入、古美術市場を賑わせました。それまで高値の花だった中国古美術品は供給量が増え、徐々に価格も下がり始め、当時、中国から流入した古美術品を夢中になって集めたことを覚えています。
写真は遼時代(916年〜1125年)の緑釉鶏冠壺。初めて鶏冠壺を見た時、中国古美術の知識のなかった私は「奇妙な形をした作品だな」と思いました。鶏冠壺は取っ手の部分が鶏の冠部に似ていることから命名された明器で、遼を建国した騎馬民族・契丹人が使用していた革の水筒を副葬品として造形化した容器です。これを見ると遼が中原の漢民族とは異なる美感を持っていたことがわかります。
2010年代、中国は高度経済成長期を迎えて地域開発がさらに進み、多くの古美術品が発掘されて1990年代、鶏冠壺の相場(15万〜20万円)が、最近は3万円前後で入手できるようになりました。需要と供給の変化で中国の古美術品の値段は下がりましたが、美術的な価値は一向に変わりません。中国陶磁のファンの私としては廉価になったことは大歓迎で、機会があれば購入するようにしています。ただ本物の古美術品と同時にコピーや模倣品も日本に大量流入しているので注意が必要です。時代や地域への想像をかき立ててくれる古美術品は何年経っても魅力的。古美術品を身近において歴史を知ると新しい世界が広がります。

高さ 約21.5cm/胴径 約11cm

御売約、ありがとうございました

鯉のぼりの季節
[2026/05/02]

5月のゴールデンウィーク、日本中が行楽日和です。毎年、この時期になると善福寺川沿いの緑地を散歩してスッポンを探しています。これまで見たスッポンの最高記録は1日26匹、果たして今年はその記録を抜けるでしょうか。
写真は伊万里焼染付の鯉の尺皿。鯉が勢いよく跳ねている図柄の作品です。広島市出身の私としては鯉のぼりの季節は、広島カープの季節。昔は「カープは鯉のぼりの季節までは強いが、その後は失速する」というジンクスがあったのですが、現在、そのジンクスは消滅し、鯉の季節でも弱い。それでも根っからのカープファンは、負け試合でも見てしまいます。強くても弱くても年代ごとにカープに関する楽しい思い出があります。私の人生はカープと共にあると言っても良いでしょう。
ちなみに、本品のような染付皿は江戸時代、刺身皿として使用されました。新鮮な刺身を盛った染付の皿は清涼感、清潔感を感じさせたでしょう。最近、ゴールデンウィークは、新感覚のイベントばやりです。一方、江戸時代の人たちは季節感をイベントに取り入れていたので、5月になると菖蒲鑑賞や藤見の際、本品のような皿に料理を盛って楽しんでいました。季節柄の食器を使いながら旬の花を観賞すると、一層、季節を感じることができます。カープも伊万里焼に描かれた鯉のように勢いよく上昇してください。

口径 約33.5cm/高さ 約6cm

御売約、ありがとうございました

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