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国焼の青手九谷
[2025/11/29]

古九谷は1655年、大聖寺藩初代藩主の前田利治が、九谷村で鉱山開発中に陶石が発見されたのをきっかけに創設した磁器です。当時の窯跡は見つかっていますが、そこで青手九谷と呼ばれる作品が製作されていたかどうかは不明な点が多く、古九谷の謎は解明されていません。1710年頃、九谷焼の窯の活動は一時中断しますが、1806年以降、春日山窯、若杉窯、吉田屋窯などが創業、再興青手九谷作品は石川県産として認知されるようになりました。
写真は、梨谷小山焼の青手九谷の大皿。梨谷小山焼は天保3年(1832年)、石川県羽咋郡志賀町梨谷小山にある西性寺や妙伝寺の元住職たちが企画して開いた窯です。羽咋郡志賀町梨谷小山は吉田屋窯などがある地域から遠く離れた能登半島の中央部にあります。能登半島には梨谷小山窯の他、正院焼などがあり、これを見ると加賀藩全体で青手九谷を製作していたことがわかります。興味深いのは、藩の御用窯の他、裕福な町人たちが資金を出し合って窯の創設にあたっている点。梨谷小山にある寺の元住職たちが企画したというのですから驚きです。
古美術に興味のある方や九谷焼の研究者であれば九谷焼が広範囲にわたって製作されていたことを理解できますが、一般の方は青手九谷は金沢周辺で作られたと考え、本作のような青手九谷作品も能登半島で作られたものだとは信じられないでしょう。これは九州産の磁器を全て伊万里焼とするのと同じ感覚です。しかし、土や釉薬の掛かり具合を見ると青手九谷でも産地が違うことがわかります。作品を概念でカテゴライズするのではなく、実物に接して鑑賞すると新しい世界が広がります。最近はネットやAIから得ることのできる情報も増えているので、それらを活用すると古美術の知識も増えるでしょう。感覚だけではなく、資料などもふくめて総合的に作品と付き合うのが古美術収集の楽しさです。

口径 約37.5cm/高さ 約8cm

御売約、ありがとうございました

秋はどこに行った?
[2025/11/22]

公園を歩くと木々も色づき、秋が来た感じがします。とはいえ、10月は雨が多く、美しい快晴の空があまりなかったような気がします。
2週間前に発表された「2025 T&D保険グループ新語・流行語大賞」のノミネート30語で、「酷暑が続いた日本列島。地球温暖化の影響で春夏秋冬という四季が、夏と冬の二季化している状況」から「二季」が選ばれていました。これを見ると今年は秋らしい秋がなかったことをみんなが実感しているのだと感じます。
写真はオールドノリタケの「秋の公園の風景皿」。木々が色づいた秋の公園が描かれた作品です。例年であれば出品する時、「最近、秋の公園を散歩するとすがすがしい気持ちになります…」とブログに書くのですが、どうも今年の秋はピンとこない。テレビをつけると連日、クマの被害のニュースが放映されていますが、クマもきっと自然界の異変に気付いているのでしょう。
ここ数年、仙遊洞に外国人のお客様が大勢やってきます。その中で若い方々は白磁作品を探しており、理由を聞くと、柄のある古美術品は派手なので流行遅れと感じるとか。フランス人のお客様のお一人は、欧米では前世紀に流行った装飾過多な作品は今人気がないと教えてくれました。
私が子供の頃、1960年代の日本の自然は豊かでした。田舎に行くと夏、小川の側の草むらで蛍が光っていました。このような体験があれば自然や季節を描いた古美術品を身近に感じることができるはずですが、バーチャルな映像に浸食されているスマートフォン文明では、自然よりも観念的なAIを人々が信奉しているように見えます。さらにそれが進むと色彩豊かなフランス印象派の絵など理解できなくなるのかもしれません。ノリタケ作品に描かれているような秋の公園風景、季節の魅力を感じなくなるのは寂しい限りです。

口径 約22.3cm/高さ 約2.5cm

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意東焼と渋草焼
[2025/11/15]

10月に始まったNHK朝ドラ「ばけばけ」を観ています。主人公は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、彼の妻の小泉セツ。物語は二人が出会った明治23年まで進んでいます。ドラマを観ていると武士が消滅した明治時代初期の状況、特に士族が没落していく様がよくわかります。プライドの高い武士が町人に使われている場面の描写が秀逸です。
写真は意東焼の徳利と渋草焼の杯洗。2つとも「ばけばけ」と重なる時代に作られた作品です。意東焼は「ばけばけ」の舞台となっている松江の藩が運営した磁器窯。「ばけばけ」の時代よりも前に廃窯していますが、伊東焼の作品は江戸時代後期の国焼の磁器窯を知るうえで貴重な資料となっています。一方の渋草焼は飛騨高山で天保12年(1841年)に始まった磁器窯。2つの窯が活動した時代を比較すると意東焼の廃窯期に渋草焼が開窯されたことになります。
松江産の磁器は意東焼の廃窯後に消滅しました。一方の渋草焼は現在も活動を続けています。これは武士の価値観が消滅し、町人が活躍し始めたことと関連しているように感じます。窯によって経営状況は異なりますが、藩であろうと民間の経営であろうと活動を持続するにはそれなりの努力が必要であることは言うまでもないでしょう。「ばけばけ」の中で武士の商法が世間に通用しないのを見ていると、乱脈経営で廃窯した意東焼と現在も活動を続けている渋草焼の経営の違いを見ている感じがします。

ところで私は2020年に飛騨高山に行く予定でしたが、コロナ禍で旅行どころではなくなってしまいました。コロナ禍が終わると今度は円安によるインバウンド騒ぎ。現在、高山市は外国人観光客でいっぱいだとか。早く行っておけばよかったと後悔しています。旅行も古美術品購入もタイミングを逃すと後の祭となります。
商売をやっているとあらゆる場面でタイミングの難しさに遭遇します。最近は歳を重ねたせいか昔ほど失敗はしませんが、それでも「ばけばけ」を見ていると上から目線の武士の商法、殿様商売は通用しないことを痛切に感じます。朝ドラから教訓を学んでいる今日この頃です。

意東焼徳利 高さ 約18.3cm/胴径 約9〜9.5cm
渋草焼杯洗 口径 約18.4cm/高さ 約12cm

意東焼徳利 御売約、ありがとうございました
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熊倉順吉の「青い飾壺」とフォンタナの「空間概念」
[2025/11/08]

今回は久しぶりに現代美術と陶芸についてブログです。
写真は熊倉順吉(1920〜1985年)の「青い飾壺」とルーチョ・フォンタナ(1899年〜1968年)の「空間概念」。熊倉は昭和時代に活躍した陶芸家、フォンタナは世界的に有名な現代美術家です。フォンタナの代表作は、キャンバスを切り裂く絵画とブロンズに穴を開ける彫刻。フォンタナが1949年に製作を始めた「空間概念」と呼ばれるシリーズです。キャンバスを切り裂いた絵画は、キャンバスは絵を描く画布だと考えていた人々に衝撃を与えました。当時は米ソが宇宙に進出する時代、人間の空間概念も地球から宇宙に移っていきました。それを熊倉が認識していたどうかは不明ですがフォンタナの作品を意識していたことに間違いはないと思います。写真のフォンタナの作品は1960年代に作られたのですが、熊倉の「青い飾壺」もその頃、製作されています。これを見ると、彼が属していた陶芸集団、走泥社(1948年結成)の陶芸家たちが欧米の現代美術に敏感だったことがわかります。 ちなみに2023年に京都国立近代美術館で開催された「開館60周年記念 走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」にフォンタナの作品が飾られていたことは象徴的です。熊倉の「青い飾壺」はオブジェで道具として使用することはできません。走泥社の陶芸家が実用性のない陶芸オブジェを日本に定着させたのですが、熊倉の作品が作られたのは今から70年前、それを考えると時代性に敏感だった彼の美的センスの高さに驚かされます。

高さ 約12.5cm/横幅 約13cm

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ルーチョ・フォンタナhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%
A9%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%8A#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fontana_Lucio_sfere_28215.jpg


積みわらのある風景
[2025/11/01]

フランスを旅行すると、列車の中から田園地帯に積まれたわらを見ることができます。それを見ると、美術好きな方はモネの積みわらの油絵を思い起こすことでしょう。モネは1890年頃、積みわらの連作を描き、代表作の一つとなっています。フランスではモネの他、ミレーやゴッホ、ゴーギャンも積みわらを題材に油絵を描いています。
写真は20世紀初頭に描かれた油絵「積みわらのある風景」。積みわらというよりも広い空が主役のような感じがする作品です。フランスは北でも南でもとにかく空が広い。
フランスの国土面積は日本の1.5倍で平野が7割を占めています。人口はフランス6000万人で日本の1億3000万人の約半分です。フランスの平野部の人口密度が109人/平方キロメートル、それに対して日本は1500人/平方キロメートル。平野部の人口密度を比較すると、いかに日本人が狭い地域に住んでいるかがわかります。
ちなみにフランス人のヴァカンスといえば海。山ではありません。フランスにはアルプスやピレネーなどの高い山しかないので、フランス人は山歩きの楽しさを知りません。日本は自然の地形が変化に富んでいるので、近くの山に登って自然を楽しむことができます。
日本人画家が山水画を多数描いているは日本の自然が豊かだかだという証になります。どちらが良いかは好みですが「積みわらのある風景」を見ていると、国土の広さを実感することができます。 ところで、私は母の実家が農家だったので小学生時代は冬休みに田舎に行って積みわらで遊んでいました。それがとても楽しかった記憶があります。現在、その田んぼは宅地になり、積みわらで遊んだ光景は思い出の中にあるばかり。古美術品は人の思い出を喚起させてくれます。面白いですね。

額サイズ 縦横 約50cm×59cm

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クロード・モネ「夏の終わりに」(1891年)


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