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残欠
[2024/09/29]

9月下旬になって少し過ごしやすくなりました。散歩をしていると所々に秋の気配を感じることができます。文化の秋は古美術品を鑑賞するのに良い季節。楽しみですね。
活動的な夏が去ると自然活動の減少が始まります。それを昔の日本人は虫の音や風に揺れるすすき、名月を文学的に表現し季節を感じていました。秋が深まれば深まるほど文学、美術的感性が研ぎ澄まされ、侘び錆びの文化として創作されました。
写真は木彫の役行者の足、欠けた土師器、木彫のびんずる座像です。それぞれに欠けた部分のある作品です。役行者の足はほぼオブジェになっています。
不足の美の代表といえばルーブル美術館にあるミロのヴィーナスを思い出します。両腕が欠損していますが腕がない分、胴体の美しさが際立つ作品となっています。腕がついていたらヴィーナスの印象も相当、変わっていたでしょう。
昨年、長野・善光寺にある木彫の「びんずるさま」が盗難に遭いました。「びんずるさま」が欠けては善光寺の一大事。幸い、すぐに犯人が捕まり、元の場所に安置されました。病人が「びんずるさま」に触ると病気が治ると言われています。最近、私自身も年齢のせいで足腰の筋肉が減っています。掲載した役の行者の残欠を撫でると足腰が強くなるかもしれません。
今回、土師器の商品紹介欄に花を活けた写真を掲載しました。普段はあまり花を活けた写真を掲載しないのですが、見ていると大きく開いた土師器が「草花を活けてくれ」と言っているような気がしました。そこで庭にあった雑草を取ってきて落としを使って活けてみました。それがなかなか良い。 人間は不完全な存在で、他者の助けを受けながら生きています。欠けた弥生壺に雑草に活けると美が蘇り、生活に彩を添えてくれます。欠けた古美術品を愛でる日本人の感性は面白いですね。

木彫 役行者 足 残欠の高さ 約19cm/横幅 約9cm
土師器 壺 残欠の高さ 約16.5cm/胴径 約17.5cm
木彫 びんずる尊者 座像の高さ 約26cm/横幅 約24.4cm

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美の類似性
[2024/09/22]

今日は秋分の日。最近は気温も下がり、散歩をしても以前のような猛暑ではありません。これから過ごしやすい秋、楽しみですね。
写真は中国安徽省で作られた三彩の花文掻き落とし壺、マティスの「リュートを持つ女(1949年)」、丹波焼の鉄釉刷毛目大壺、李禹煥の「都市の記憶T(1989年)」です。時代も作られた国も違うのですが、デザインに類似性があります。
古美術品とモダンアートの類似性は他の作品にもありますが、これは優れたアート感覚を持った作家が作品を創作したからだと思います。マティスは清朝の壺の存在を知らずに創作したはずで、また、李も丹波焼の壺の存在は知らなかったはずです。美の類似性は古美術を収集する鑑賞者によって発見されます。「収集品は人を写す鏡」と言われるように、収集家の美的センスにとって美の類似性が出現します。 ちなみに李禹煥は「出会いを求めて」という論文集で人と自然の出会いによってアートが生まれることを解説していますが、人と古美術品との出会いによって新しい美の見方が出現するのでしょう。
5枚目の写真は濱田庄司の作品。前者と違って濱田はあえて清朝の壺を模倣しています。2つの壺の様式は類似していますが、作品が内包する美は明らかに異なっています。古美術品に出会って、時代や地域を超えた美を考察するのは楽しいですね。

安徽省三彩掻き落とし壺の高さ 約16cm/胴径 約19.5cm
丹波焼刷毛目大壺の高さ 約41.5cm/胴径 約37cm

安徽省三彩掻き落とし壺 御売約、ありがとうございました
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https://artfrall.jp/news/detail/20210424190201/
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/29487/pictures/1
https://mashiko-st-ives100.com/article/events/289.html


中秋の名月
[2024/09/15]

9月になって、朝晩が少し涼しくなったような気がします。明後日、9月17日は中秋の名月(十五夜)。天気が良ければ美しい月を見ることができそうです。
写真は瀬戸焼の吹き墨の兎文七寸皿と美濃焼の石皿。美濃焼の石皿は無地ですが見込みにシミが出て、顔が左向きで右側に大きな耳があるようなねずみのように見えます。どちらかというとミッキーマスのようなねずみです。
古代中国では、「月のうさぎは杵と臼で不老不死の薬を作っている」といわれました。それが、日本に伝播すると餅に変わります。日本人は不老不死と鏡もちを関連付けて、餅つき兎としたのでしょう。最近、日本ではコメが不足しているようですが、昔でいうとこの時期は台風の季節。日本人にとって米は餅以上に大切な食糧。台風で被害が出ないことを願って、農家の人々は月見をしていたはずです。 月の模様の見え方は地域によって異なっています。月の模様をヨーロッパ人は「蟹」、南アメリカ人は「ワニ」に見立てています。月の見え方はそこに住んでいる人の感性が作用しているのでしょうね。
月と石皿の模様に共通点はないのですが、中秋の名月の時期だと、石皿が月の模様に見えるから不思議です。シミや傷の形や風合いを楽しむことができるのが古美術品の面白さです。ある意味、古美術品は時間や人との触れ合い、想像力が作用する趣味だということができるでしょう。

美濃焼灰釉石皿の口径 約32.7cm/高さ 約7.3cm
瀬戸焼吹き墨餅つき兎七寸の口径 約22cm/高さ 約3.5cm


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隠れキリシタンと古美術
[2024/09/08]

先週、「にっぽん百低山 安満岳・長崎(7月5日、NHK・BS)」と映画「沈黙(2012年、マーチン・スコセッシ監督)」を録画で観ました。安満岳は平戸島の観光スポット「春日の棚田」の背後にある山で隠れキリシタンの聖地、集落の3キロ南には切支丹資料館があります。5年前に資料館に行って展示物を見ましたが、当時の人々の信仰がどのようであったか理解できたような気がしました。映画「沈黙」は以前にも観たのですが、平戸の資料館に行った後だと印象が変わりました。
写真は亀山焼の染付の鉢と伊万里焼の鉢。亀山焼の鉢は十字架(クロス)と茨のデザインが施されています。一見、唐草文を描いた作品に見えますが、古美術好きな方であれば本品がキリスト教のデザインを取り入れていることが判るでしょう。きっと本作を注文したのは隠れキリシタンだったはずです。
一方、伊万里焼の鉢には南蛮人とランプ、洋犬が描かれています。当時の南蛮人といえばオランダ人。彼らもキリスト教徒ですが、宗教色が強くなかったので幕府も交易を容認しました。彼らがヨーロッパからもたらす文物が日本の文化に大きな影響を与えたことは歴史を見るとわかります。
江戸時代が終わって160年、日本には信仰の自由がもたらされましたが、多様性の拡散によって混乱も生じています。文化面では明るい民主主義を標榜するアメリカIT文化が花盛り。古美術に関心を持つよりも新しい文化を創造することが重視されています。その最先端に位置するのが生成AI。人の手を経ることなく、機械が事物を生成してくれる技術です。
便利で明るいアメリカ文化が浸透する日本では少子化と共に古美術品に関心を持つ人も減っています。しかし、隠れキリシタンが江戸時代、長きにわたって信仰を捨てなかったように古美術品愛好家の存在は今後も消え去ることはないでしょう。隠れキリシタンと古美術蒐集家がどこか似ていると感じるのは私だけでしょうか。

亀山焼平鉢の口径 約33.8cm/高さ 約9cm
伊万里焼南蛮人鉢の口径 約17.3cm/高さ 約8.5cm


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瀬戸焼 吹墨 金彩染付色絵 ききょう 蝶 六寸皿5枚
[2024/09/01]

高校時代、詩人になることを夢見ていた私は中原中也の詩に夢中でした。中也が5歳まで過ごした広島市橋本町、鉄砲町の近くに私の実家があったので、中也を身近に感じていました。時が経ち、古美術商になって自分が詩人になりたかったことなどすっかり忘れていたのですが、本作を見た時、中也の「一つのメルヘン」が瞬時に浮かんできました。
「秋の夜は、はるかの彼方に、小石ばかりの、河原があつて、それに陽は、さらさらとさらさらと射してゐるのでありました。陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、非常な個体の粉末のやうで、さればこそ、さらさらとかすかな音を立ててもゐるのでした。さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、淡い、それでゐてくつきりとした影を落としてゐるのでした。やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、今迄流れてもゐなかつた川床に、水はさらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……」
これは中也29歳の時(1936年)の作で、「在りし日の歌」に収録されています。1936年(昭和11年)は「226事件」のあった年。戦争へと向かう時代の中で、彼はこのようにロマンチックな詩を創作しています。
ところで、詩の中に登場する硅石は磁器の材料です。磁器には約40パーセントの珪石が含まれ、それが白磁の基礎となっています。高校時代、珪石のイメージなど持てなかったのですが古美術商になって珪石が何かを知った後、「一つのメルヘン」を読むと詩の印象が大きく変わりました。古美術品との出会いが詩の解釈の深みをもたらしてくれたので得をした気分になりました。

口径 約16.5cm/高さ 約2.7cm

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