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作者不詳 油絵 浴後 4号(1930年)
[2022/09/25]

日本人が油絵でヌードを描き始めたのは19世紀後半です。1900年、黒田清輝が白馬会で発表した「裸体婦人像」がわいせつと判断され、警察によって絵の下半分が布で覆われる「腰巻事件」が起きたのは有名な話です。それから12年後、萬鉄五郎がキュビズム風の「裸体美人」を描いています。黒田と萬の作品は題材が同じでも様式が全く違います。 写真の出品作品は1930年に描かれた裸婦像。本作を見ると、作者がピカソの青の時代(1901年〜1904年)の作品から影響を受けたことを伺うことができます。 ところでピカソは1907年、新しい様式を確立、彼の代表作である「アヴィニョンの娘たち」を発表しました。この作品のモデルはバルセロナのアヴィニョン街にいた娼婦たちだといわれています。 1980年代、「アヴィニョンの娘たち」がエル・グレコの「第五の封印の扉」の影響を受けて描かれたという研究発表がありました。「アヴィニョンの娘たち」と「第五の封印の扉」を見比べても、どの部分が影響を受けたのか簡単には理解できませんが、「第五の封印の扉」の聖者の来ている青い服がそれを理解する手掛かりになるかもしれません。ピカソは「アヴィニョンの娘たち」で青の時代に決別したのですが、「第五の封印の扉」に描かれている青い服の聖者自身がピカソだったのかもしれません。 1930年に描かれた本作を見ながら、久しぶりに近代絵画史を思い返した次第です。

ピクチャーサイズ 縦横 32cm×23cm
額サイズ 縦横 49cm×40cm


エル・グレコ 第五の封印の扉
(1608-1614年)


ピカソ アヴィニョンの娘たち
(1907年)


萬鉄五郎 裸体美人
(1912年)


御売約、ありがとうございました

長与焼 染付 狆・印章文 鉢
[2022/09/18]

日本の骨董界では染付磁器のほとんどを伊万里焼と呼んでいます。しかし、その多くは19世紀前半から各地で製作された地方の染付です。地域が違えば風土も違うので異なった雰囲気を持つ作品が生産されました。今回、仙遊洞ではそれらのお国焼の染付を出品することにし、北は青森県から南は五島列島まで、日本各地の染付作品を紹介しています。写真は長崎県の大村藩が作らせた長与焼の狆・印章文染付鉢。普通であれば伊万里焼で済ますのですが、細部のデザインを見ると本作が長与焼で作られたことがわかります。 面白いのは長与焼の高台部のデザインと同時出品している富江焼の盃洗の高台部のデザインが同じだということ。しかし、よく見ると窯が違うので絵付けも微妙に違います。このような違いは絵付師の描き方、個性によって異なっています。ところで、長崎は江戸時代、貿易が行われた外国文化の先進地帯。長与焼作品の説明文にも書いたように、珍しい狆(犬)の交易が出島を通して行われていました。特に日本産の狆(小型犬)はオランダ経由でヨーロッパに入り、人気を博しました。本作を見ると江戸時代の長崎の様子、文化の状況が理解できます。食器のデザインから昔のことを忍ぶことができる、それがお国焼の染付磁器の面白さの一つです。各地の染付の個性を比べて、ご覧ください。

口径 約22.3cm/高さ 約12.3cm

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壺屋焼 染付 鯛波文 こね鉢
[2022/09/11]

今日、沖縄県知事選があり、デニー玉木知事が再選されました。今年は沖縄の本土復帰50周年で、各所で沖縄のアピールをしています。私にも何人か沖縄の友人がいるのですが、考えてみると彼らが生まれた頃、沖縄が日本ではなかったことを思うと不思議な感じがします。そのような中、NHKの朝ドラ「ちむどんどん」が騒がしいようです。理由は登場人物のハチャメチャな生き方。私の知っている沖縄人は本土の人と価値観や感性が違う人が多いのであれで普通かなと思うのですが、几帳面な本土人からすれば「何〜!」ということになってしまうのでしょう。沖縄の人に聞くと約束した時間の2時間前後に来るのが普通だとか。のんびりしているところは本土の人にはわからないでしょう。写真は壺屋焼のこね鉢。この作品を見た時、「ちむどんどん」で主人公の父親が沖縄そばを打っているのを思い出しました。私が沖縄そばを食べたのは今から30年前、バブル経済の時代。吉祥寺の沖縄料理店で食べたのですが、その頃はまだ沖縄そばは珍しい料理でした。最近は我が家で沖縄そばを普通に食べていますが、こね鉢に出会って、いろいろ昔の事を思い出しました。ちなみに壺屋焼の作品は沖縄戦で失われたものが多く、残っているだけでも希少品(ミュージアムピース)。大切に残していきたいものです。

口径 約30cm/高さ 約12cm

御売約、ありがとうございました

真鍮製 ガーナ 船乗り 彫刻
[2022/09/04]

現在、世界は旱魃地帯と水害地帯に分かれています。ヨーロッパは旱魃、パキスタンは未曾有の洪水で危機的状況に陥っているようです。一方、ウクライナから穀物が輸出される状況が生まれ、アフリカ諸国は食糧難を何とか免れる状況となっています。地理的にアフリカから遠い日本にとって、アフリカの状況は無関心な事でしょう。現在は世界的にインターネットでつながっている時代ですが、関心がなければ民族学も遠い世界の話。ガーナはコートジボワールなどと国境を接する西アフリカに位置する内陸国です。しかし、日本人の多くはガーナの位置、首都を答えることができず、履歴も不明であれば関心を持つ人も少ないでしょう。資料となるのはガーナ国立博物館にある真鍮製の作品だけで、できることは本作と比較することくらい。ちなみに、まだ世界がインターネットに繋がっていなかった時代、物珍しい作品は夢やロマンをもたらしてくれる存在でした。 それを感じる好奇心はITが主流になりつつある現代社会において、徐々に弱まっているような感じがします。ガーナ国立博物館にある作品よりも秀作と思えるのですが、遠い日本だと評価はいま一つのようです。

高さ 約15.5cm/横幅 約39.5cm

御売約、ありがとうございました

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