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常滑焼 三筋壺 残欠
[2022/03/27]

常滑焼の三筋壺は平安時代末期から鎌倉時代に作られた宗教用具です。日本ではこの時代、末法思想(1052年以降)が流行、各地に経塚が作られ、そこに経や鏡などを入れた三筋壺が埋められました。また、鳳凰堂で有名な宇治平等院などは末法対策として改殿された寺院で、当時、霊場として一体化していた寺院や神社跡から三筋壺などが出土します。写真は常滑焼の三筋壺の残欠。多くの部分は失われ、かろうじて三筋壺であることがわかるオブジェです。しかし、そこは古美術品、残欠であっても末法思想が流行した時代の雰囲気を保っています。このような時代感を古美術品を通して味わうことができるのは貴重な体験だと思います。今年になってNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が放映されていますが、ドラマを見ながら本作を見ると、12世紀の世界に没入することができます。京都の貴族にとって武士の台頭は末法時代の出来事でした。最近、ロシアがウクライナに侵攻、大きく時代が変わろうとしています。いつの時代も人々は平和を求めますが、そうならないのが人間の世界。どのような時代にあっても、平和を維持する努力は必要だと感じています。

高さ 約23.5cm/胴径 約17cm

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高取焼 灰釉 片口
[2022/03/20]

江戸時代、酒屋にお酒を買いに行くときは、個人用の徳利を持参していました。お酒を樽から徳利に移す時に使用されたのが写真のような片口です。片口の上に計量用の升を置き漏斗を使って入れるのですが、量った際にこぼれた酒を片口で受けていました。現在は個別のガラス瓶に酒を入れて販売していますが、当時はマイバックのようなマイ徳利があり、それが現在のエコにつながっているような感じがします。幕末、外国人が江戸に来た時、ゴミが落ちていない清潔な町と物をリサイクルする文化があることを日記に書いています。幕末の日本人は世界的にエコの最先端を行っていたようです。 ところで、写真の片口、雑器ですが美しい釉薬がかけられ、焼き締めもしっかりしている優品。このような雑器を使用していたのですから、江戸時代人の美意識が高いことがわかります。片口として使用するだけではもったいなく思い、前所有者の方は本作用の特殊な塗り蓋、箱を本作のために作ったのでしょう。水を張るとまた違った表情を見せる作品です。

口径 約22cm/高さ 約10.5cm

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八代焼 人形手 茶碗
[2022/03/13]

安土・桃山時代、千利休が大成した侘茶は日本文化の一角を担う偉大な文化です。利休が好んだ侘びの世界は派手な桃山文化と一線を画していますが、侘茶があるからこそ日本文化に深みがでるのだと思います。一方、侘茶だけが本流で千家以外の侘茶は亜流であるという考え方をする人も多くいますが、江戸時代、侘茶だけではなく各地の抹茶文化が多様化したからこそ、茶道が発展したはずです。
写真は八代焼の人形手茶碗。本家の明代の人形手茶碗同様、この茶碗は侘茶の好みには合わない感じがします。利休の時代、織部がへうげた歌舞伎者向けの茶碗を創作しましたが、本作の茶碗は利休や織部の好みとは異なっている。見込みの印刻を見ると、現代のヘタウマ漫画のような感じです。ちょっと、おかしなデザインの印刻が刻まれている。これは、どちらかというと太平の世だからこそできる川柳のような感覚です。生死を掛けた戦国時代であれば、このような茶碗はふざけた作品に見えるでしょう。しかし、このような面白い茶碗が存在するからこそ、茶道に広がりがでたのも事実です。ちょっと、ゆるい茶道ですか。

口径 約13cm/高さ 約6cm

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