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古曽部焼 三代 団子 片口茶碗
[2022/01/30]

写真は古曽部焼三代の団子文片口茶碗です。古曽部焼は大阪府高槻市の焼物ですが、本作の源流をたどると唐津焼にたどり着きます。唐津焼が生産されたのは16世紀末、本作が作られたのが19世紀末なので約300年の差があります。江戸時代になると北部九州地方では磁器生産が盛んになり、唐津焼は廃れていきます。桃山時代の唐津焼は大名家、数寄者などの手元に留め置かれ、一般の人は唐津焼の存在さえ知らなかったでしょう。また、それが大阪近辺の窯で蘇ったとしても、本作のルーツが唐津焼にあると思う人は少ないでしょう。最近、古美術品を通して技術や人の流れがちょっとずつ理解できるようになりました。最近は国焼の図録も簡単に入手できるので、明治時代の焼物の流れについて理解が進みます。ところで桃山時代、唐津焼を新しい時代の焼物だと感じていた人たちは、明治時代、古曽部焼を新しい焼物だと感じる人と同じ感覚だったのかもしれません。ちなみに、みたらし(賀茂神社の御手洗池に関連している)団子は、秀吉が開催した北野の大茶会で有名になったとか。なるほど、焼物の団子文のルーツにも伝統がある。たかが団子文だと侮れません。現在でも団子文は焼物に描かれていますが、団子文は日本人の心に何か感じさせるデザインなのでしょう。どうやら、それが蓄積して伝統になっていくようです。

口径 約12cm/高さ 約7.5cm

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村上鉄太郎 油絵 「野菜図」
[2022/01/23]

デルタ株の感染が落ち着いたと思うと、今度はオミクロン株。重症化は低くなっていますが、感染力が強いので注意が必要です。私の予測では、今回の感染でコロナ禍は終了するはず。そうなると今度は各国のインフレの問題が噴出しそうですね。写真は村上鉄太郎(1899年〜1973年)の油絵「野菜図」。食糧難だった戦中に描かれた作品です。最近、流通の停滞から食料品の物価が上がっています。デフレで大変だと言っていたのに、今度は「インフレで大変だ」と。一体、どっちが問題なのでしょう。現在の状況をみると不況とは程遠い感じがします。特にデパ地下の人気はコロナ禍で一段と上がったとか。コロナ禍で生活が大変になったと言っているわりに、皆、楽しそうに買い物をしています。祖母の話などを聞くと戦後の食糧事業は本当に酷かったとか。本作を見ていると、モチーフは絵が描かれた後、家族で美味しく食べられたのではないかと想像できます。この作品が描かれた時期は、状況が状況だけにその日の家族の食卓は盛り上がったでしょう。作者の食材への思いが伝わってきます。作品から時代に思いを馳せることができるのが古美術品との付き合いの面白さです。物価が上がって大変だとしても、早く日常が戻ってきてほしいですね。

ピクチャーサイズ 縦横 約19cm×57cm
額サイズ 縦横 約37.5cm×76cm

御売約、ありがとうございました

薩摩焼 龍門司窯 白磁緑釉 大徳利
[2022/01/16]

近年、住宅において空間構成に大きな変化が見られます。部屋を細かく分けるよりも広い空間をあえて維持する。経済的な理由もありますが、このような変化は狭い空間を有効利用するための工夫だと感じられます。かつての住宅は床の間がある和室を中心に、洋間を加えて作られていました。しかし、新しい様式の部屋が求められるようになり、現在の日本の住宅空間は大きく変化していると言っても良いでしょう。そのような状況の中、これからの民芸はどのような様式が流行するのか考察すると、将来、写真のような作品が注目されるのではないかと考えました。キーワードは軽やかさ。かつて民芸品には土着的な美が求められていましたが、住宅に軽さや開放感を求められている状況では、土着的な作品や概念的な美感は廃れていくのではないのか。そして、脱炭素、SDGsが叫ばれている状況で、本作のような美感がどのように評価されるのか。想像するだけでも楽しいですね。

高さ 約44.5cm/胴径 約27cm

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太田 喜二郎 「富士」 8号
[2022/01/09]

この作品に最初に出会った時、「うまい画家だな」と感じたことを憶えています。これまで多くの作品を見てきましたが、筆使いがうまい画家はあまりいません。昔、私が美術大学生だった頃、私の師である李禹煥先生が「画家というものは1本の線を書いても、プロの画家が描いた線にならなければならない」 と言っていたことを思い出します。李先生の絵を見るとクロッキーだけでも線が生きいきしている。ピカソやセザンヌの線もしかりです。 本品の作者、太田喜二郎は東京美術学校西洋画科を明治41年卒業、黒田清輝に勧められてベルギーのガン市立美術学校に学び、エミール・クラウスにも師事した油絵画家です。若い頃は写真の「婦人図」のような点描作品を描いていました。日本人の作品とは思えない出来栄えです。太田を調べて行くうちにこのような画家が日本にいたことに驚きました。 近年、目黒美術館などで「太田喜二郎と藤井厚二 −日本の光を追い求めた画家と建築家」(2019年)が開かれ、太田の研究に注目が集まっていますが、まだまだ認知度は低いのが現状です。逆に言うと、これだけの作家の作品をお小遣い程度の金額で入手できるのも不思議なことです。アート感がなくても表面づらで価格が決まる今日この頃。美術の本質に触れた画家の作品はやはり魅力的ですね。それにしても本当に筆使い、上手いな〜。

ピクチャーサイズ 縦横 約36cm×44cm
額サイズ 縦横 約52cm×59.5cm

御売約、ありがとうございました

眠り猫図 三橋慶川
[2022/01/01]

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 今年の年明けは昨年と違った普通に近い正月となりました。オミクロン株の拡大には注意が必要ですが、 昨年より少し日常が戻ってきた感じがします。写真は日本画家が描いた三橋慶川の「眠り猫」図。三橋は川合玉堂について絵を学んだだけあって墨の使い方が抜群です。このような表現は並の画家では難しいでしょう。今年は寅年ですので、最初のブログを虎の作品にしようかと考えたのですが、コロナウイルスにおとなしくしてもらいために猫にしました。 明治時代初期、日本ではコレラが流行し、日本人はその脅威を虎で表現しています。今回はコロナにおとなしくしてもらいために「眠り猫」を出品しました。江戸時代、悪役だった猫は明治時代中頃、ペストが流行すると鼠を捕る英雄となりました。人々に猫を飼うことを推奨したのは、次回、千円札の顔となる北里柴三郎。以降、日本人は猫をかわいがるようになりました。 この「眠り猫」図を見ていると、仕事(コロナ退治)を終え、のんびりと眠っている猫が想像できます。1日も早く、早く日常を取り戻し、ゆったりと日常を過ごしたいものです。

本紙サイズ 縦横 30cm×41cm
軸サイズ 縦横 121cm×55.5cm

御売約、ありがとうございました

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