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美濃焼 久尻窯 鉄釉 割山椒 向付 5客
[2021/12/26]

今年も残すところ1週間となりました。コロナ禍、東京オリンピック、岸田政権誕生と社会的にはいろいろありましたが、皆様の2021年はいかがだったでしょうか。今年のブログの最後を飾るのは、「鉄釉 割山椒 向付」です。本作と出会った時、黒と茶色のコンビネーションから、私はふっと現代美術家の山口長男の作品を想起しました。「もし、山口先生が陶芸で食器を作ったら、このような作品ができるのではないか」(もう少し走泥社風の作品になるかもしれませんが)と考えました。近代の食器と現代美術は直接関連はないですが、作品に含まれる美は何か共通のものがあるような気がします。本作が作られたのは、大正時代前後、ちょうど魯山人が活躍し始めた時代です。 日本は国力も充実し、食事にも多様性が生まれます。この時期は財界では茶道がもてはやされ、日本の和食文化が再認識されました。しかし、桃山時代の食器は数が揃わないので、魯山人は自ら作陶を始めます。現在、魯山人の作品は評価が高くなっていますが、同時代に作られた本作のような食器もなかなかの物。両作品の違いは、過去形か未来形か。本作はどちらかというと未来形、現代美術に通じる美を宿しているようです。腕の良い料理人に頼んで本作に料理を盛りつけてもらうと、本当に美しいでしょう。食の美ですね。

今年1年間、ありがとうございました。良い年をお迎えください。

高さ 約8.5cm/胴径 約11.5cm

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志田窯 染付色絵 ヒイラギ文 尺皿
[2021/12/19]

今年も残すところあと10日。コロナで明け、コロナで終わった1年でした。この間、東京オリンピックが開催され株価も上昇しましたが、さまざま問題も噴出し、すんなりと喜ぶ気分にはなりません。来週はクリスマスですが、皆様の師走はいかがでしょう。 写真は「志田窯 染付色絵 ヒイラギ文尺皿」。昔、志田窯は江波焼と呼ばれ、広島市で作られた焼物だと考えられていました。しかし、1990年代に窯跡から陶片が見つかったことから、志田窯は佐賀県の有田地方の焼物であることが判明しました。私は広島市出身なので、江波焼(志田窯)を地元の焼物だと考えて興味を持ち、これまで1000枚以上の皿を販売してきました。志田窯に関しては絶対的な体験を持っていると自負していたのですが、本作のようなクリスマスに関連する志田窯作品があるとは想像がつきませんでした。本作との出会いは今年1番の驚き、貴重な体験で得した気分に浸れたような気がします。それでクリスマスに満を持して、「通信販売」欄に出品しました。 本作には見込みに窓絵、西洋のクリスマスを彩るヒイラギが描かれています。ヒイラギの棘はキリストの痛みを、赤い実は日本では太陽の復活(節分)を象徴するアイテム。痛みの後の復活が、コロナ禍に明け暮れた年から来年への希望を表わしているように感じます。本作が作られた幕末は、日本ではキリスト教が禁じられていた時代。本作を製作した職人がどのような気持ちで本作を作ったか知るよしもありませんが、いつの時代でも信仰心や純粋さを持って作られた品物は人々を魅了します。世界の美しさを感じさせてくれる古美術品との出会い。楽しいですね。

口径 約28.5cm/高さ 約4.7cm

御売約、ありがとうございました

伊万里焼 色絵 誰が袖文 茶入
[2021/12/12]

12月の半ば、クリスマス、お正月とイベントが近づいてきました。いつもなら、この時期は華やかな雰囲気が漂うものですが、今年もコロナ禍で盛り上がりに欠けています。企業などの宴会がないのが理由。年末の酔っ払いが少ないのが、個人的に寂しい気がします。 写真は伊万里焼の色絵誰が袖茶入れ。見るだけで華やかな気分になります。やっぱり、この時期は色絵ですかね。特に本品のような珍しく、センスの良い特注品を見ると「伊万里焼も捨てたものではないな」と感じます。 一方、18世紀後半の伊万里焼の作品は世界的に見ても水準は高いのですが、評価はそれほど高まっていません。ですから、まだデザインの良い品物を比較的、適正価格で入手することができます。 後世、本品のような作品の評価は高まっていくと考えているのですが、まだ日本の収集家は気づいていないのでしょうか。外国人と日本人の美意識のどちらが的確か。個人の趣味とは別に、鑑識眼にも国際競争力が問われる時代になってきたと思います。

高さ 約7cm/胴径 約8.5cm

御売約、ありがとうございました

陶彫 鬼面仏心「鬼の寒念仏」
[2021/12/05]

先週に引き続き、世界中でオミクロン株騒ぎが起こっています。初期段階ではわからなかったことですが、オミクロン株の感染力は強いけど重症化しないことも判明してきました。一部の専門家は風邪と同じような症状くらいだと言っていますが、数週間すれば対処法も解明できそうな気配です。 今週もブログは厄除けです。「鬼の寒念仏」ですが、鬼というのは都以外に住む乱暴者のこと。古代は地方豪族、中世は武士、江戸時代は飢饉、明治時代以降は戦争と疫病が鬼のように考えられていたようです。歴史的に見ると、都の鬼門は北東、東日本の武士が鬼。その前は吉備や出雲が大和にとっての鬼。鬼は桃太郎、雷神(大黒天)と考えられていました。写真の作品を見ると、あっちこっちの風俗が混ざって大津の鬼が出来上がっていたことがわかります。ここで面白いのは、鬼が奉加帳を持っていること。作物の実らぬ冬だからこそ、鬼が庶民の懐を当てにするのでしょう。祈りのためとはいえ、度が過ぎると庶民にとって、寺社も鬼の巣に見えるようです。祈りも大切ですが、懐がなお大切であることを感じる今日この頃です。今年も残すところあと一か月。早めに煤払いをして厄除けをしたいものです。オミクロン株の感染が拡大しませんように!

追記:この作品が作られたのは昭和4年。ニューヨークの金融恐慌が起こった年。昔も今も思いは変わっていないようですね。

高さ 約21.5cm/胴径 約11cm

御売約、ありがとうございました

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