このページは2014年5月10日(土)に行われた骨董講座(ゲスト・トーク)を再現したものです。
ゲスト 下川昭夫 (首都大学東京 人文科学・人間科学専攻心理学・臨床心理学教室教授)

第8回 ゲスト・トーク 「骨董収集の心理学」 (1)  酒器の口あたり

山本 心理学は大きく大別するとフロイト系とユング系の心理学があります。それにクレッチマーの性質論を加えると説明しやすくなる。
フロイト系は「自由連想・精神分析療法」、「リビドー」、「エディプス・コンプレックス」、「夢判断」など、ユング系は「人間の元型」、「個人的無意識と普遍的無意識」が中心の概念になります。簡単にいえばフロイトは家族、ユングは社会を中心に人間を分析する手法だと思うのですが?
下川 心理学は20世紀に基礎が出来上がった比較的、新しい学問です。現代の心理学者はフロイトやユングの仮説に民族性を融合させています。さらに最近は現代の社会学など加わって複雑になりました。
山本 フロイトの仮説に幼児の成長段階を表す「口唇期」、「肛門期」、「男根期(エディプス)」があります。文学的に言うと口唇期は1人称(私)、肛門期は2人称(私とあなた)の世界、男根期は3人称(私と社会)です。口唇期を物に例えると身体的に必要なもの、ライフラインに直結する衣食住に関係した物、水や食物、衣服などです。肛門期を物に例えると感情的、感覚的な好みが入り、人間は「おいしい物」、「心地よい物」を求めます。男根期は知性的で思考的な要素が入り、社会的に有用な物となります。骨董品は肛門期と男根期に属する趣味で、肛門期的な古美術品は使える商品、男根期的な古美術品は観賞用です。
下川 骨董の酒器にこだわる人は口唇的な人です。日本酒はどの器で飲んでも味は変わらないのですが、自分の好みの酒器で酒を飲むと、心理的に美味しく感じる。
山本 人間は赤ん坊の時、母乳で栄養補給します。酒器にこだわる人は口に含んだ乳首の間隔を覚えているのでしょうか。それに触覚だけにこだわるのであれば、現代のものでも十分に対応できると思いますが?
下川 昔の母親像は現代の母親像とは異なります。骨董品の酒器が好きな人は、昔の母親像を追っているのかもしれません。数寄者は骨董品を擬人化する傾向があるので、壺と風呂に入ったり、床を一緒にする人もいます。
山本 私も元禄時代に作られた柿右衛門の白い肌を見ていると、美しい日本人女性の肌に接しているような気分になります。
下川 心理学では、そのような感覚を「共感覚」と呼びます。陶磁器が人の肌に見えたりする。音楽家の中には、音を色として感じる人もいます。
山本 茶碗を愛でる茶道は、芸能の中で口唇期的な芸能です。桃山時代から茶碗は愛されてきましたが、酒器はそれほど愛されていない。仏教は酒を禁止しているので、酒器は酒道として成立しなかったのでしょう。
下川 北大路魯山人は器にも料理にもうるさい人でした。魯山人は不貞の子で父が割腹自殺をしたという不遇な幼児体験をしています。辛い体験が偏執的な性格を作り出した肛門期タイプの芸術家です。今回の対談のテーマは「なぜ、骨董品を収集するか」ですが、人間は成長期に体験した印象的な出来事を、大人になった後で確認をすることがあります。例えば、小学生の時、猫を飼いたかったが家の都合でそれが実現できなかった人は、大人になって猫を飼って欲求を解放させます。それでいうと魯山人は、味覚で幼い時に体験できなかった家庭の味を求めていたのかもしれません。
山本 ぼくは魯山人がファザー・コンプレックスの強い人だと思っています。顔はいかついが女性的です。戦前、茶道は父系的な芸能で、お茶を点てる人が皆にお乳をふるまう構造になっています。父親に必要なのは茶会をする財力だったので、財界人たちでなければ茶会は開けませんでした。魯山人は桃山時代の利休のような存在です。
下川 戦後、財閥が解体してパトロンを失った茶道界は女性の教養に活路を見出します。男性と女性と茶道のおもてなし、心配り感が異なっています。男性は男性、女性は女性の心地良い空間構成をするので、現代では茶道の感じは大きく変質しています。
山本 女性が自由になると同時に、女々しいとされた文学的な酒飲みも活動を始めました。
太宰治や檀一雄などは酒飲みです。青山二郎や小林秀雄などの文学者は、酒器が好きでしたがあっけらかんとして、魯山人のように偏執的ではありません。
下川 廬山人に比べると文学者の方が観念的、男性的です。戦後、女性が茶道に向かったのは、消滅した父親の存在に憧れたからでしょう。茶道ができる財界人のような父親像を求めて、おもてなしの訓練をしている。
山本 ないものねだりですか?
下川 しかし、現在の日本人男性は家長制度に負担を感じて、堅苦しい茶道よりも酒を選んだ。酒器は男性の逃げ場です(笑)。
山本 西洋人はワインを飲みます。キリストは「ワインは私の血、パンは私の肉」と言っていますが、キリスト教を信仰する欧米人はお祈りを述べながら肥満になっている。肥満もストレスの一種だと考えられるのですが?
下川 信仰心が篤いのです(笑)。
山本 欧米人は日本人とは違うストレスを感じているのでしょう。
下川 自由も行き過ぎると、ストレスを生じます。茶道は型の芸術ですが、型があった方が理解をしやすい場合もある。素人に骨董品の価値基準は理解しがたいのですが、型をしっている古美術商に話を聞いていると、その商品の価値が理解できるようになる。
山本 外国人の中にも茶碗の侘びを理解する人もいますが稀です。ほとんどの人は汚れた茶碗を見て、「こんなに汚い茶碗のどこが良いのだろう?」と感じる。ワイン・グラスはワインを美味しく飲むための道具であって、執着の対象ではありません。茶碗や酒器に執着するのは日本人だけです。

         

(2)  フロイト的な骨董の解釈

山本 ユングの思想を考察していると、フロイトの男根期にスポットを当てたように感じます。
下川 ユングは最初、フロイトの弟子でしたが、あまりにフロイトが家長的にふるまうので嫌になって逃げ出しました。戦後、日本人男性が家長制度から逃げ出したようなものです。ユングはノイローゼになった後、男性的な心理学を捨てて、新しい女性型の心理学を発見します。
山本 私から見るとユングは原始共産主義的な心理学者です。人類は紀元前5千年に王権を確立して男性主導の世界を築きますが、ユングはその対極にいる。フロイトはエジプトやメソポタミアの一神教的、父系社会的な骨董品古美術収集をしています。ユングは中国の易や民俗学に興味を持っていました。西洋から見ると東洋やアフリカには多神教的、母系的世界が残っています。権威的な骨董品集めをする人はフロイト型で躁鬱病、民俗学的な骨董品集めをする人はユング型で分裂症の傾向があると思います。
下川 普通の人は「慣れ」で躁鬱や分裂を回避しますが、それができない人は病気になる。現代の父親は家族の期待に答えなければならないし、稼ぐためには世界中の情報を集めなければならないので大変です。現代社会には父権の喪失感がある。
山本 ネット社会で父権の喪失が加速し、若者の結婚率が下がった。フロイトの理論を骨董収集に当てはめると、口唇期は「個人の趣味(偽物でもOK)」、肛門期は「二人の世界の確認(例えば、エンゲージ・リング、食器)」、男根期は「威信財(文化財)」となります。口唇期的収集家は人の話を聞かない軽度のアスペルガーで、仕事熱心な人が多い。
下川 クレッチマーの顕示質(H型)ですね。 
山本 明治時代以降、日本人も一神教的傾向が強くなり、戦前は「お国のため」、戦後は「会社のため」が合言葉でしたが、最近は「自分のため」が中心になった。
下川 個人的な趣味や権利を主張する人は幼児性が残っています。自分の価値観に固執して、他人の価値観を認めません。柔軟性がないのでコミュニケーション能力が乏しい。
山本 肛門期的収集家は古美術商の話を聞いてくれるので、コミュニケーションが成り立ちます。
下川 しかし、本当に話を聞いているかどうか疑問ですよ。古美術商の話を聞きすぎて、騙される人もいる。
山本 男根期的収集家は前の2タイプに比べて社会性がありますが、病的な人は「博物館にあるから良い」、「高価だから良い」、「文化財を持っていると、自分が偉くなった気がする」という考え方をします。このような人と接する時は「本に載っています」、「有名な博物館にあります」と対応します。
下川 それは男根期というより、肛門期的タイプの人ですね。男根期タイプの収集家は客観性がある。
山本 趣味の話をしても他人が興味を示さないことを知っている。プロとセミプロの違いは自己顕示をするか、しないかにあります。古美術商が自己顕示をすると、セミプロの押し付けになってしまう。
下川さんは臨床心理学者なので、患者さんの話を聞くのが仕事ですね。
下川 講義の時は話をして、セラピーをする時は患者さんの話を聞きます。しかし、セラピーは患者さんとの距離の取り方が難しい。信頼しないと何も話してくれません。
山本 前に患者さんに刺された医師の話をしていましたね。
下川 患者さんと接していると、命の危険にさらされることもあります。
山本 下川さんは女性ストーカーに付け回された体験がある。
下川 あれは大変だった。大学の学長に「下川は吉本興業のまわし者だ」と手紙を出されたこともある。2度とあのような目に会いたくない。
山本 吉本興業ですか(笑)。なかなか、できない体験ですね。古美術への執着の場合は、物が相手なので問題が起こりません。自分の欲しい商品が高額であればあきらめもつくし、美術館や博物館に展示してある物を見に通えば良い。ところで臨床心理医は話を聞くが医療行為は行えないので、治療は他人に任せると言っていましたね。
下川 医療は心療内科の医者が行います。
山本 ぼくは心身障害には詳しくないので不思議なのですが、話を聞くだけで本当に患者さんは良くなるのでしょうか?
下川 心身障害者になる人の問題は、人間関係の過剰や希薄さで発症します。彼らは自分の話を聞いてもらえる機会を与えてもらえなかった。時間を作って話を聞いてあげるのですが、快方に向かうまでには長い時間がかかります。
山本 骨董の良し悪しは最初に印象で決まる場合が多い。長い時間、思案していると他の客に商品を持っていかれてしまう場合もある。
下川 骨董収集は個人的な趣味なので、興味のない人とはコミュニケーションは成り立ちません。逆に多忙な人づき合いを避けて、孤独に浸るために骨董収集する人もいますね。それで酒器を求める。好きな酒器でお酒を飲んでいると一人の世界に浸れますから。
山本 目的はいろいろですが、骨董収集でストレスを発散させることもできますね。
下川 精神病にかかる人は無趣味な人が多い。ストレスを発散させる場が必要なので、何でもよいから趣味を持つことは大切です。「趣味」という字を見れば、「味の趣」となります。味は感覚的に人とモノをつなぐ手段で、日本人は古美術品に味わいを求める傾向があります。西洋人ホビーとは違う。

       

(3)  インターネットと偽装

山本 フロイトは時間的発想、ユングは空間的発想が強い心理学者だと思います。インターネット社会が出現すると、グローバリゼーションが進んでユングの研究していた分裂症的な世界が広がりました。日本にいても外国の情報は瞬時に入ってくる。
下川 情報量が増えても無駄の情報が多いので、有効な情報を取得するのに手間がかかります。それを行っていると、本業に仕事に差し支える。一見、ネットで人や物との出会いが容易になったように感じがしますが、自分と趣味の合う人にはなかなか巡り合えないのが実情です。
山本 この前、NHKの「スーパー・プレゼンテーション」を見ていたら、ユダヤ人女性がインターネットを使って結婚相手を探した体験を話していました。その中で彼女は「自分の好みを理解しないと出会いはない」と言っていました。ネットも能動的に使わなければ有効ではないのですね。
下川 情報が多いと誰を、何を選べばよいかわからなくなる。古美術業界にもセレクトショップ風の店がありますよね。
山本 友人が言っていたのですが、デパートのお客さまに3点見せて選んでもらうよりも、1点見せて熱心に説明するほうが売れる確率が高いそうです。
下川 ネット社会になって物品や情報が増大して、選択能力が落ちた。
山本 ネット・オークションが一般化して、気軽に古美術品に触れる機会が増えましたが、同時に偽物に接する機会も増えました。ネット・オークションを見ていると、日本人の鑑識眼の無さに驚きます。偽造品でも満足している。
下川 ネットで情報取得が容易になったのに、真贋の情報処理ができていない。やっぱり、骨董品は実物を見なければ判断が難しい。
山本 ネット・オークションは写真だけで判断しなければならないので女性は参加しません。女性は売主の顔の見えるショップ・チャンネルを利用する。知り合いの女性はショップ・チャンネルを見ていると催眠術にかかったように、つい物を買ってしまうと言っていました。
下川 女性は母性本能があるので相手の表情に反応します。最近のショップ・チャンネルは客の心理をつかんで物を売っているので、楽しそうな表情を見せられると同化する。「限定○個」、「いつもよりも○パーセント引き、お得です」、「今日はおまけをつけします」など購買意欲をそそる言葉も巧みです。男性は夢やロマンを追う傾向があるので、ネット・オークションをギャンブル感覚で行っています。
山本 ネット・オークションが出現して骨董業界にも変化が起きました。若い業者はネット・オークションをやっているので偽物の情報を持っていますが、年配の業者はネットをやらないので新しい偽物の情報を持っていません。それで若者と老人の情報取得格差が起こっています。最近のコピーは本物そっくりですから、プロでも真贋に迷う。昔は目利きと言われていた人が騙されています。理化学研究所も同じような状態です。コピペの存在を知らずに、おじさんたちはオリジナルだと判断した。
下川 小保方さんは凄いと思う。一人であれだけ世間を騒がせる女性はいません。ある意味、女優よりも個性がある。理系女の鏡です。
山本 女優であれば問題はないと思いますが、科学の世界では問題でしょう。骨董の詐欺行為と同じで、色気を使って高額商品を男性に売るような感じがあります。
下川 「スタップ細胞ありま〜す」、「陽性で良かった〜」などは、タレント性がなければ表現できませんよ。
山本 小保方さんの会見を見ていると現実と虚構の区別がついていない感じがありますね。200回以上、スタップ細胞を作ったと公言すること自体、妄想です。あれではUFOの存在を証明するのと同じだ。UFOは存在することは分かっていても証明はできない。インターネットがない時代はコピペを提出してもばれなかったのですが、ネット社会ではすぐにボロが出る。今回の問題も外部から、つっこまれた。
下川 有名ホテルの食品偽装、佐村河内氏、スタップ細胞、クリミア半島の住民投票、セオゥル号の過積載など、世界は偽装だらけです。
山本 お客様にダイヤモンドを扱う宝石商がいます。彼らは億単位で商品を購入するのですが、最近、科学技術を使っても判別不明な偽物がでまわり、世界的なオークションに出品されて問題になっている。彼は「偽ダイヤモンドに関する訴訟が増えた」と言っていました。
下川 科学的分野でも福島第一原子発電所の管理やスタップ細胞の問題が浮かび上がり、科学という冠をつけた組織のずさんな面が暴露されました。ユングの言葉を借りれば、人間の元型に「過信」、「偽装」、「失策」があるということです。
山本 性悪説だ。
下川 今まではうやむやだったけれど、ネット社会では迅速に偽造が暴露される。
山本 偽装が正当化されると、大本営発表になります。
下川 最後まで押し通せば問題はないのですが、さすがに爆弾が降ってくればおかしいと思うでしょう。それに一生、偽物を信じ続けられるほど人間は強くありません(笑)。正常な人であれば、いつかは気づきますが、小保方さんの場合はまわりが面白がっている。あれはマスコミが作った虚像です。

   

(4)  趣味と自己確認

山本 人間は自己確認をする時、時間、空間、身体を使います。骨董品収集は時間に関する自己確認方法です。日本人は骨董品の時間の経過、シミや汚れを味わいます。井戸茶碗などは割れても汚れていても高価です。最近はシミや汚れをわざとつけて偽物を作りますが……。
下川 日本ならではの趣向だ。
山本 20世紀、考古学が発展して発掘が進むと、泥や破損した骨董品でも価値が認められるようになりました。それで泥だらけのものでも重宝されるようになった。骨董は考古学の発展と共に歩んでいます。
古美術の世界には発掘された骨董品と伝世品があります。フロイトは発掘品を収集していても現実的な社会に目を向け、ユングは目に見えない歴史や人間を超えた構造的な世界に目を向けました。
下川 フロイトは対人関係、ユングは環境を中心に心理学を考察します。オカルト研究をしたせいでユングはアカデミズムから無視されていますが、東洋的な感性で見るとフロイトよりもユングの方が理解しやすい。一般的に日本人は時間よりも多層的な空間が好きです。現代でも天皇が平安時代の様式で皇位についているのを見ると、日本が骨董国家であることがわかります。
山本 私はフランスに留学し、14世紀の建物に住んだことがきっかけで時間に目覚めました。しかし、普通の人は私の持つような時間観に関心がありません。実用的な古美術品の方が、圧倒的に人気がある。
下川 ある意味、山本さんは時間的な偏執傾向があるので古美術商を長くできるのです。普通の人の感覚ではありません。
山本 下川さんの場合、アフリカのベッドを机にして宴会をしていますが、それも普通じゃないですよね。
下川 私は職業柄、精神的な問題のある人たちと接しています。彼らはこちらの世界から見ると普通ではありませんが、彼らの世界からこちらを見ると異常に見える。社会的に成功している人でも異常な人は多いですよ(笑)。
山本 アフリカの古美術品は歴史が浅いので、フロイト的というよりもユング的です。
下川 あのベッドの木の肌合いが良くて落ち着く。
山本 異質感が大切ということ?
下川 プリミティブ感があるのが刺激的です。現代社会は近代化が進んで工業製品が溢れています。私たちが子供の頃は町にも木造建築の建物が残っていて、木の温もりを感じることができましたが、今はそれがない。
山本 都会の子供たちは自然と接する機会が乏しいですね。お客様で新宿に住んでいる方がいらっしゃるのですが、家がビルに囲まれて軽度のパニック障害になった。その人の家は以前、家から出ると青空四方が見渡せたのだけど、今は幾何学的なガラスとサッシでできたビルしか見えない。直線恐怖症になったと話していました。
下川 感受性が強い人ですね。人間の対応能力にも限界があります。慣れなければ病気になる。対人間関係も同様です。職場に慣れずに、病気になる人も多い。
山本 古美術の世界には「骨董病」という言葉があります。骨董病の人たちについて、どう思いますか?
下川 骨董病の人は知りたいという欲求が強く偏執的です。しかし、現実と趣味との区別がつくので病気にはならない。
山本 フランスの思想家、ラカン、ドゥルーズ・ガタリは、フロイトの思想に構造やネットワークの概念を導入して現代社会を語っています。彼らが唱えた「差異」の概念を使うと、「骨董収集は時間の差異を確認して、現在を確認する行為」ということができます。精神病の人は、現実と虚構、時間や空間を差異化(違いの認識)することができません。
下川 普通の人でもオーバーワークをすると過労が原因で、それが曖昧になります。最近、病人が増えると損失が増えるので、会社はカウンセラーを常駐させています。仕事とプライベートの区別ができない人が病むので、医者が意図的に仕事から切り離します。
山本 「趣味が高じて病になる」という言葉がありますが、趣味がある人は病気にかかりにくいですよね。
下川 かかりません。区別能力の欠如が病気を発症させます。最近、脳生理学が発達して精神病も外傷であることがわかってきましたが、薬だけでは対処できません。生活全体を見なおさなければ、病気は治らない。
山本 「骨董には真贋があるから面白い」という人がいます。真贋にこだわる人は、常に物事を区別する訓練をしている感じがします。
下川 骨董品に接していると、「ああ、これは偽物だ」とある日、突然、気がついて頭の体操になります。
山本 自分の非を認めることになるので、偽物を認めるのは難しいのですが、真贋が人を育てているのは皮肉ですね。
対談終了の時間もせまってきましたので、最後に一言、お願いします。
下川 これから日本で高齢化社会が始まりますが、趣味が人生の中で重要な鍵となります。趣味のある人は健康です。骨董収集に限らず、趣味を持ってください。
山本 今日は楽しい対談ができたようです。皆様、ありがとうございました。
(終わり)

           

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