このページは2018年5月12日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。
ゲスト 下川昭夫 (首都大学東京 人文科学・人間科学専攻心理学・臨床心理学教室教授)

第48回 古美術と社会学シリーズ⑧ 「地域コミュニティと古美術」
(1) 町のジェンダーについて

山本 西荻は「おひとり様女性にとっては住み心地が良い、男性にとっては出世の難しくなる、ゆるい町」と言われています。それを見ると町には男性的な町、女性的な町があるように見えますが?
下川 企業にも法人格があるように、町にもジェンダーがあることは確かですね。これまで私は池袋や下関、多摩地区などに住んでみて地域コミュニティに関わってきましたが、池袋と多摩地区ではまったく住み心地が違う。
山本 下川先生、下関に住んでいた頃、盛んに食べ物がおいしいという話をしてましたね。
下川 刺身が本当に美味しかった。地方では豊かな食生活が送れますが、都会では素材の良い物が少ない。
山本 でも、都会は地方にはない種類のレストランがたくさんあるでしょう。エスニックの店とか。
下川 東京でも文化的な町に行くといろいろな料理を味わうことができますが、郊外にはチェーン店しかない。以前、首都大学東京がある南大沢地区の地域コミュニティについて調査を行ったことがあるのですが、新興住宅地である南大沢は個人店が少なかった。街道沿いにはあるのはほとんどが誰でも知っているチェーン店です。そのような地域ではノミニケーションができない。
山本 西荻はチェーン店が根付かない町として有名です。個人が経営する美味しい店があるから、皆、そっちに流れてしまう。ある意味、ノミニケーションが成り立っている。町を歩いていると誰か知っている人に出合う村のような雰囲気があります。
下川 西荻は都会と田舎が共存しているようなニュートラルな町ですね。
山本 この前、住みたい町ランキング上位の武蔵小杉に行ったのですが、高層マンションの地域と以前の町との調和が取れていない感じがしました。
下川 急速に開発された町はアンバランスですね。
山本 西荻は地元感が強いから、急速な開発ができません。個人単位で町が変容する。
下川 企業が開発する町と個人が開発する町の違いですね。
山本 先日、建築家の知人と話をしていたら、「六本木ヒルズから始まったタワーマンションブームは終わりつつある。今からは、5階くらいの庭付きマンションが流行る」と言っていました。建物や町にも時代によって流行があるのですね。
下川 1990年代までは一戸建てに憧れる人が多かったから多摩地区などの開発も盛んに行われた。2010年代になるとタワーマンションブームになり、都心回帰が起こった。少し前まで一戸建て住宅の憧れの地だった世田谷区は身近な商店街が消えて住みにくくなったといわれています。
山本 町には高層の町と平面的な町があります。人気の町、吉祥寺は建物制限があるのでタワーマンションは立てられない。
下川 タワーマンションはシンボリックです。男性的な感じ。一方、低層の住宅地は女性的です。
山本 ITバブルが起こった2000年頃から、先端機構を備えたタワーマンションブームが起こりました。IТ技術が蔓延するとタワーマンションの魅力も薄れてきた。
下川 流行で町の開発をすると住宅と商店街、生活と仕事とのバランスが悪くなりますね。買い物をするのに不便さも感じる。
山本 ところで、西荻は「おひとり様女性にとっては住み心地が良い」町ですが、セクハラ問題を起こした財務省のある霞が関などは男性的な町なのですかね。
下川 他の先進国に比べると日本の官僚機構は男性主導です。女性の政治家や官僚も少ない。だから町自体が男性的な雰囲気になる。
山本 霞が関などに生活感などありませんね。「大臣や官僚は庶民感覚がない」と言われますが、生活感のない空間に滞在すればするほど、庶民の感覚と乖離します。杉並区は主婦層が社会運動をするような生活の町だから女性的だ。
下川 そういえば、「保育園落ちた 日本死ね」と発信した女性は吉祥寺に住んでいます。


(2) 西荻は20年でどのように変わったか

山本 高校時代以来、疎遠になっていた下川先生と再会したのは、先生がうちの店に来店したからですよね。西荻がアンテークの町でなければ再会は無かった。趣味が我々を再会させたことになります。
下川 20年前、まさか山本が西荻で骨董屋などをやっているとは思わなかったので驚きました。
山本 下川先生、1年に何度か西荻に来ますよね。仕事場以外でそのような感じで行く町は他にありますか。
下川 知り合いが住んでいる町には行きますね。やっぱり、人間関係が中心ですね。山本 20年前比べると西荻、どうですか?
下川 魚屋や八百屋、豆腐屋が減り、生活感が無くなった感じがするのと、以前よりはお洒落になった感じがします。
山本 私が西荻を選んだのは、この町が趣味の町だったからです。骨董屋、古本屋、喫茶店が多く、思っている以上に文化的だった。だから、暇人がたくさん住んでいる。
下川 私も趣味の骨董品を求めて西荻に来ていたのですが、先ほども言ったように骨董が趣味でなければ、西荻に来ることもなかった。
山本 趣味を通して人と出会える町ということですね。以前、西荻には骨董品を求めてたくさんの趣味人が来ていましたが、最近は骨董品よりも雑貨や食事に来る人が多くなった。面白いのは、そのような店の多くが独自のワークショップを行っていることです。飲食店や画廊がトークショーや講座を開いている。この前、調べたら約70件の店やギャラリーがワークショップやイベント、展覧会を開いていることがわかりました。
下川 いつ頃から、そのようになったの?
山本 東北大震災後ですかね。SNSが拡大すると、その反動で人々が実体験を求めるようになった。その頃から骨董品の売り上げも下がり始めます。
下川 人々がモノからコトを求めるようになったのですね。
山本 以前は酒屋さんにお酒を買いに行き、世間話の一つもしていたのですが、最近は生鮮食品を扱うような個人店舗が無くなっているので商店に行って話をする機会が少なくなった。
下川 最近はスーパーでもセルフレジが増えているので、ますます人と接する機会が減っています。それに宅配で商品が届くから、家でも買い物ができるになった。
山本 昔、下川先生が臨床心理士は患者の話を聞くだけで治療行為は行わないと話していましたね。それを聞いて、臨床心理士は家族のような役割を果たしているのだと感じました。それから居酒屋でのコミュニケーションがある意味、治療になるとも言っていた。
下川 その通りですね。自分の話を誰かに聞いてもらうというのは重要なことです。人間は一人では生きていけない。社会性を持っているから仕方がない。
山本 最近、情報通信機器が発達してスマホなどのラインのやり取りで若者たちはコミュニケーションを取っているようですが、あれで本当にコミュニケーションを取れているかどうか。
下川 若者はSNSを器用に使いこなしていますが、意外と本質的な意味でのコミュニケーションが取れていませんね。
山本 本質的なコミュニケーションというと?
下川 目的優先の情報交換で、遊びというか、余分な部分のコミュニケーションが取れない。そこに大切な情報がある場合が多いのですが。スマホで情報を仕入れたら、型通りのモノをショップに買いに行く。それだけでは目的地に行って目的の商品を買うだけになります。
山本 骨董でいう「捨て目」が無いということですね。目利きにとって、この「捨て目」というのは重要なのですよ。関心のない部分から掘り出し物を探す。この「捨て目」が無ければプロになれません。
下川 簡単に言うと最近の若者はウインドウショッピングをしなくなった。無目的に行動することに違和感を覚えてしまう。それは機械的な動きですね。
山本 趣味は遊びの部分で成り立っています。余分なことができないということは、趣味を持てないことにつながります。
下川 最近の若者は情報を取得した時点で、目的が完了したと考えてしまう。趣味やボランティアも就活に使うエントリーシートに記すためにやっている。
山本 それは本質的な趣味、暇つぶしとは違いますね。
下川 山本さん、骨董講座、趣味で始めたのでしょう?
山本 そうです。店、暇ですから(笑)。


(3) 少数派が表の社会に登場するようになった

山本 話は変わりますが、下川先生が十数年前、障害者アート(エイブル・アート)のことを話していたことを覚えています。最近はエイブル・アートやアート・ブリュットに関心を持つ人が増えました。障害者の方の作品の中には美大出身の私が見ても、「凄い」と思わせるような作品があります。
下川 美術史を見ると有名な画家ゴッホや山下清、草間彌生など、どう見ても精神的に不安定な人がいます。小説家も自殺する人が多いのですが、芸術は精神と切り離せない部分があります。
山本 概念的な作品を作っていては評価されませんね。
下川 障害者の中には、一般的に正常者と言われる人の概念とは違うものの見方ができる人がいます。そのような人が作品を作ると凄いものができることがある。
山本 第二次世界大戦前、ナチスのヒットラーは障害者が描くような作品を「退廃芸術」として排除しました。ナチスを正常だと考える方が、現在は異常に見えます。下川先生は精神的な病気は時代によって変わると言っていましたが、人間の社会が変化するのと同時的に精神状態も大きく変わるのですね。
下川 国の政策によっても国民は影響を受けます。
山本 現在はどうですか?
下川 物質的な豊かさを求める時代から文化的な豊かさを求める時代に変わっている。SNSが拡大すればするほど、身体性や感覚が重視されるようになるでしょう。
山本 戦後の日本は経済優先の国家でしたが、最近は経済優先でなくなってきている。一生懸命働いて家庭を築くことよりも自分がやりたいことを優先する。私の知人に富山県の人がいます。富山人の価値観は結婚するのは当たり前、家を持つのも当たり前だと言っていました。それに富山県では結婚して家を建てなければ一人前と見なされない。西荻の女性の持っている価値観とは異なっています。
下川 西荻に住んでいる女性などは富山県には住めないでしょうね。
山本 県別幸福度ランキングというのがあります。これを見ると1位が福井県、2位が東京都、3位が富山県、4位が長野県、5位が石川県……。このランキングが怪しいのは裏日本にある都道府県が圧倒的に幸福感を感じている県が多いと言うところです。
下川 集計の仕方に偏りがあるように見えますね。
山本 幸福度が高いと言っても県外から人は移住はしない。むしろ減っている。
下川 画一的な価値観が強い地域に若者は移住しませんよ。その点、東京は町ごとに多様性があるから移住者も増える。
山本 それで、自由を求めて西荻におひとり様女子が移住してくるのですね。結婚して家を建てろなどと西荻の住民は言いませんからね。
下川 先ほどの幸福度は多様性のない、画一的な統計だと思います。
山本 毎年、渋谷でLGBТの人たちがゴールデンウィークにパレードをするのですが、このようなことは地方ではできませんね。
下川 価値観が多様化している地域でなければ、障害者や少数派の意見を認めるようなことはありません。
山本 最近、正常者と見なさせれている政治家がパワハラや官僚がセクハラをするのを見ると、あの人たちの感覚は狂っているように見えます。やっぱり彼らも少数派なのですかね。
下川 東大出身で勉強ができても、ある部分の発達が遅れている。一種の発達障害ですね。だから「このハゲが」とか「おっぱい、触らせて」になってしまう。社会的な地位だけで人を判断すると感覚がおかしくなる。
山本 骨董業界も同じですね。看板の大きさだけで店舗や商人を信用すると痛い目に遭いことになる。


(4) 趣味を持つことの意味

山本 最近、飲み屋に行って気づいたのですが、趣味がある人とない人では話の内容が大きく違う。趣味がある人の会話は活き活きしているが、ない人の会話は面白くない。遊ぶの部分というか、余裕のある無しでしょうか。
下川 以前は仕事だけしていれば社会的な地位を保つことができましたが、今は仕事だけで人間関係は築けません。効率ばかり優先すると人間関係がギクシャクしてくる。上司と飲みに行きたくない部下の割合が3割というのをみると、会社がどのような状態か理解できます。自分の目的とは関係ない上司とはコミュニケーションを取っても仕方がないと考えているのでしょう。
山本 長年、骨董屋をやっていると骨董収集でもパワハラやセクハラをやる人がいます。自分の収集品を自慢して、他人の価値観を認めようとしない。自己顕示だけの目的で骨董収集をしている。
下川 そのような人は、同じような感性の人とつき合っているのはないですか?
山本 以前、ゲートボールが年配の間で流行していましたが、現在、ゲートボールをやっている人をほとんど見かけなくなった。理由は自己顕示欲による人間関係の崩壊です。自己顕示方型の骨董自慢をする人は、お互いがつぶし合いを始める。
下川 自己顕示の目的を果たすことができない。
山本 現代の骨董収集において一番大切なのは相手の興味の対象も認めるという寛容さです。これだけ情報所得が容易になった時代なので、他人の価値観も認めないと自分も認められません。
下川 現在の目利きというのは、近代の目利きとは違うのですね。
山本 素人ほど、近代的な価値観に依存する傾向があります。権威主義。それから逃げるような文化がたくさん発生しているのに気づいていない。月謝を払って持続する教室のようなものではなく、一過性の強いワークショップが西荻で流行しているのも多様性の表れです。
下川 ずっと同じ仲間とゲートボールをすると上下関係や摩擦が起きる。その点、一過性の強いワークショップは気楽に参加できますね。
山本 究極の暇つぶしです。時間があれば、誰でも簡単に参加できる。ワークショップのようなものには奥行きがないという人もいますが、プロになるわけではないので、一過性でも良いのですよ。持続したい人は年間を通して教室に通えば良い。
下川 人間関係が構築されなくても参加する楽しさを味わうことができる。
山本 今、有名な画家の展覧会をやると美術館・博物館に長蛇の列ができますが、それを観に行く人はほとんどが美術の素人です。美学的な知識が無くても、暇つぶしに美術館に行く。これもある意味のワークショップ感覚ですね。ところで、最近、若者の美術館離れが進んでいるようです。年配は美術館に行くが、若者は美術などに目も向けない。
下川 自分は忙しいという幻想を持っているのでしょう。大人から見ると実際には暇なのに、暇そうにしていると格好が悪いから忙しいフリをしている。だから、飲みに行こうと誘っても来ない。
山本 そうですね。私も大学生の子供たちを見ていると、自分の時間よりもサークルや集団の活動時間を優先し、それで忙しいと主張している。
下川 学生の行動パターンは家と学校とアルバイト先のローテーションです。
山本 一過性のワークショップ感覚のような「寄り道」の感覚が持てない。無駄から物事を学ぼうとしない。効率優先主義、マニュアルで育ったのだから仕方がないか。
下川 趣味は「寄り道」の一種ですが、商品を買いに行く目的以外で、ワークショップで商店に入るというのはさらに変わった感覚ですね。
山本 私の店のような「骨董講座」は、他の骨董屋さんはやっていません。保守的な骨董屋さんから見れば、私の店はおかしな骨董屋ということになる。
下川 少数派。
山本 骨董屋さんは講座はやりませんが、雑貨屋さんは意外とワークショップもやっています。骨董屋さんよりも雑貨屋さんの方が柔軟なのかもしれません。
下川 時代によって町が変容するように、文化も変容します。今は少数派でも、それが多数派になるかもしれませんよ。
山本 現在の日本の経済状況を見ていると、商品販売が忙しくて骨董講座ができなくなるというような時代はもう来ないかもしれません。
下川 だったら、来年もまた対談をやりましょう。
山本 そうですね。よろしくお願いします。


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