吉祥文は「縁起がいいとされる動植物や珍獣、物品などを描いた図柄で、特に中国を中心にしたアジア文化圏で愛好された。
その多くは晴れ着や慶事の宴会などの調度品に施され日常雑器にも使用された。凶事には使用されないのが一般的」です。
国や地域によって吉祥文の解釈が異なっています。例えば龍や蝙蝠は中国では瑞獣ですが、ドラゴンやコウモリはヨーロッパでは悪の象徴です。
また、日本では松竹梅は吉祥文ですが、中国では歳寒三友、文人画の主題です。吉祥文には自然界に存在する動植物の他、麒麟や龍などの空想の獣が登場します。
ここで吉祥文と縁起についての関係を見ましょう。
富貴
伊万里焼の高台裏に「富貴長春」というマークがしるされています。これは「繁栄が長く続いて欲しい」という意味になります。「富貴」象徴する植物は牡丹です。
仏教では「七宝」が富貴を表し、中国や日本の染付などに描かれています。江戸時代後期、七福人の信仰が盛んになると、七宝と七福神が結びつけら縁起が良いとされました。七福神の中で恵比寿、大黒、寿老人などは単独で染付される神様です。大黒はネズミやダイコン、恵比寿はタイ、寿老人は鹿と共に描かれます。
江戸時代後期、伊万里焼に南蛮人の図柄が登場しますが、南蛮人も富をもたらしてくれる神様の一種、七福神のような存在だと考えられていました。
豊穣・多産
上記したネズミや大黒と一緒に描かれた大黒天、波乗りウサギなどが「富貴」や「多産」の象徴とされます。植物では桃、ザクロ、ブドウが多産を表しています。桃はふくよかな形が吉祥とされました。中国ではブドウとリス、ザクロと蜂がセットですが、それが日本に伝来すると大根とネズミに変わります。ザクロは神道では菅原道真と結びつけられ、知恵を象徴する吉祥文です。国によって解釈が違うのは面白いですね。
また、江戸時代後期に流行したみじん唐草は「多産」「豊穣」を目的に描かれた図柄です。また、夏の盛り、南を司る鳳凰なども多産の象徴とされます。直接、唐子を描いた図柄もありますが、これは多産を象徴します。
夫婦円満
日本における夫婦円満の吉祥文の代表は「高砂」です。伊万里焼に描かれるオシドリなどの絵も夫婦円満を象徴しています。「鶴亀文」も夫婦円満を表す吉祥で、鶴が男性、亀が女性を表します。江戸時代後期、線描きのデザインが流行すると、鶴や亀は稲穂などの植物と癒合した抽象的なデザインとして描かれるようになります。中国には唐人と唐子の組み合わせの図柄がありますが、これも子孫繁栄を表した図柄です。
発展・栄光
扇や富士山は末広がりの道具として吉祥文とされた、日本独自の吉祥文です。中国の「発展」の吉祥文の代表は何といっても、鯉が滝を登って龍に変身する「鯉の滝登り」です。日本では空に向かってまっすぐ伸びた竹も「発展」の象徴とされます。
「栄光」の象徴は中国では龍です。特に五爪の龍は皇帝の象徴とされ、珍重されました。ヨーロッパでは音楽やスポーツに秀でる人に月桂樹を捧げる習慣はあります。
魔よけ・健康維持
日本では菖蒲やアヤメが魔よけの象徴として伊万里焼に描かれています。また、麻の葉などは生命力が強い、日本人に馴染みの植物なのでデザイン化され、模様として伊万里焼に描かれました。
意外なことですが、台風の目である渦巻模様も災厄をはらう象徴として絵付けされています。皇室を象徴する菊は、16本の剣をデザイン化した図柄です。
中国では「唐獅子牡丹」なども邪気を払う吉祥文、瑞兆文だと考えられています。
徳
中国には「歳寒三友」の松、竹、梅の他、「四君子」と呼ばれる梅、菊、蘭、竹が
徳の高い植物と考えられました。
吉祥文の多くは中国から渡来したものですが、富士山、橘、御簾、几帳、短冊、御所車、貝桶、熨斗、鼓などは日本独自の吉祥文です。日本人は中国人に比べると自然現象を図柄に取り入れています。これは日本人が自然と共存する思考を持っていることを表しています。また、海や川、水辺の題材が多いのは日本が海に囲まれた島国だからです。
伊万里焼の絵付けは圧倒的に中国の道教から採用した絵付けが多く、仏教柄は瓔珞文を除けばほとんどありません。このことから日本の農村の文化は道教が基本だったことが分かります。明治時代初期、日本人が「廃仏毀釈」運動を起こしたのは、一般庶民にとって仏教を、抑圧的な支配者層の宗教だととらえていたからだともいます。江戸時代まで日本の農民は圧倒的に道教文化の中で生活していたのです。
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