このページは2017年7月1日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。

第40回 近世・近代の日本文化と古美術の総括
(1) 安土・桃山時代の古美術

今回は織田信長や豊臣秀吉が活躍した安土桃山時代から大正時代までのお話です。前回同様、私の骨董屋としての体験話が中心となります。
私が西荻で仙遊洞を開店したのは1998年3月です。最初、仙遊洞は中国の古美術中心の店でした。他の店の多くは伊万里焼を扱っていたのですが、在庫には中国の古陶磁が多かった。当時は中国の古美術品に比べると、伊万里焼は割高な感じがしました。プロの交換会に行くと、伊万里焼のみじん唐草向付5客の発句が1万5千円、たこ唐草長皿5客の発句は15万円でした。現在の価格はこの時の4分の1になっています。逆にあの頃、店で売った宋時代の古陶磁は、現在は販売価格の7、8倍になっています。今、思えばもったいないことをしたと思いますが、売らなければ運転資金が足りなくなるので、仕方がありませんでした。それも仲の良い常連客の方に購入してもらったので後悔はありません。
1997年、香港が中国に返還され、中国の古美術品は品薄になり、仕入れに苦労しました。それで店の商品構成を変えようと考え、日本の古陶磁や仏教美術、民芸品を購入しました。2000年頃、今と比べると骨董品の価格は高かったのですが、古美術品収集家には熱気があったような感じがします。当時、ネット・オークションもなかったので、収集家は良品を探すために朝早くから寺社で行われる露店市や平和島、幕張メッセの骨董市などに行っていました。骨董に関する情報も雑誌などに頼りきりで、露店市や骨董市には今まで見たことのないもの、情報のない商品がたくさん並んでいました。ウランガラスや剣先コップが安かった時代です。
骨董市に並んでいる商品の多くは江戸時代後期の古美術品で、それ以前の古美美術品は銀座や青山などの大手の骨董屋さんの扱う物でした。その頃は店を構える骨董屋さんと露天商の区別がはっきりしており、ネットでの商品販売はありません。
私は安土桃山時代以前の古美術品を先輩の骨董屋さんから、それ以降の古美術品は露店や骨董市で仕入れました。室町時代以前の古美術品は高価なので、それを扱う骨董屋さんに鑑定能力がなければ、商品を扱えません。高価な分だけリスクを伴うことになります。私は室町時代以前の古美術品の購入する時、神経を使ったことを覚えています。150万の仏像、120万の唐津焼の伝世の茶碗などを買いました。逆に150万の明時代の軸、120万で信楽の壺の偽物を買ったことがあります。名前の通った店で買ったのですが、家に持って帰って見ているうちに偽物だということが判明、他の商品と交換してもらいました。信用のおける大きな店だと商品の交換が可能なので安心して商品の購入ができます。露店市や骨董市、中途半端な骨董屋さんから偽物を購入すると返品も交換もできないので、やっぱり高価な古美術品は信用のおける店で買う方が好いですね。冷や汗を何度も書いたことがありましたが、今から考えると古美術品に夢中だった、あの頃が一番、楽しかったように感じます。
1990年代、大手の古美術店に行くと桃山時代の陶器も商品として置いてありました。しかし、現在は市場や店で出る商品数は激減した。当時、露店市などで、唐津焼の絵のついた陶片が3000円位で入手でき、偽物もほとんどありませんでした。最近はネットオークションに大量の唐津焼の偽物が出回っています。陶片っぽく、割れているのですが、高台付近の釉薬の掛け方が本物とは全く違う。
店をやっていると「唐津焼のぐい飲みを探しているのですがありませんか」と素人の収集家がやってきます。本で読んで古美術店にあると思っているのでしょうが、まともな商品は大手の骨董屋さんに行かなければありません。それに商品数がほとんどないので、現実を受け入れ、明治時代以降に作られた唐津焼のぐい飲みを探した方が賢明です。骨董屋さんの中には目が利かず、明治時代の作を桃山時代と言って売る人もいるので気を付けてください。
安土桃山時代の古美術品で味わいたいのであれば、備前焼などの茶陶、壺をお勧めします。備前焼は堅牢なので残存数が多い。それから、丹波焼、信楽焼の壺なども良品が市場に出ています。間違っても、唐津焼の伝世品など探さないことです。経済的な余裕があれば、話は違いますが……。
仏教美術に関しては桃山時代の仏像は比較的、簡単に入手できます。昔は安土桃山時代以降の仏像は評価されていませんでしたが、最近は人気が出て高くなっています。江戸時代の仏像も同様。店を始めた頃、江戸時代の仏像と漆器が安かったので、大量に買った覚えがあります。現在はすべて販売して残っていません。これらの商品を保持していれば、高くなっていたのですが仕方がないですね。

             

(2) 江戸時代前期の古美術

江戸時代前期、世の中が平和になると、日本人は各種の工芸品の創作に励むようになります。それで江戸時代前期の古美術品は多種にわたり、残存数も多い。陶磁器では17世紀に初期伊万里、九谷焼、柿右衛門、遠州七窯などが現われます。それらは古美術店で入手可能です。入手困難な古美術品は青手九谷、鍋島焼といったところでしょうか。お金を出せば、何でも買えるのですが。一般的に古美術収集家の間では、安土桃山時代の茶陶に関心が向いていますが、私は遠州七窯で作られた茶陶が好きです。先輩の店に行って、遠州七窯の作品があれば購入します。安くも無く高くもないのが、この時代の茶陶です。
2000年頃、初期伊万里の山水図七寸皿の価格は30万円前後でした。それが現在は4分の1で購入できます。数年前、初期伊万里焼の釣り人物図を7万円で購入しましたが、その時は昔の価格を覚えていたので信じられない思いでした。しかし、そのような作品も現在は見当たりません。あまりにも安くなったので手放す人も少なくなったのでしょう。日本人は経済的に豊かですから、古美術品を簡単に手放さない。日本人の美徳です。一方、「何でも鑑定団」のように無責任な価格表示をして、世間の人を欺くのは問題だと思います。あれはあれで勘違いする人が多い。古美術品の価格は、「何でも鑑定団」の価格やオークファンなどで調べることができますがあてになりません。なぜなら、自作自演で落札する人が多いから。最近はネットオークションの構造を一般の収集家も気づいたせいか、以前ほどネットオークションに活気がありません。テコを入れて、自作自演の入札に関わっていると疲れます。
最近のネットオークションは以前ほど悪質ではなくなりました。10年前、骨董屋の友人が引っ掛かった手口は、オークションに掲載された写真は本物で、送られてきた商品は全くの偽物、電話をしても連絡がつかないという手口でした。その時、友人が振り込んだ金額は40万円。もちろん、友人は泣き寝入り、恐ろしいですね。最近はコンプライアンスも整えられ、以前ほど恐ろしくはありませんが、偽物の数が倍増しているので注意をしながら楽しんでください。
陶磁器の他、江戸時代前期の古美術品には、根来塗などの漆器がありますが、状態の良し悪しで価格が決まります。最近は意識して作られた根来塗もあるので、こちらも注意が必要。


(3) 江戸時代後期の古美術

18世紀前半、8代将軍・徳川吉宗が「享保の改革」を行った頃から、美術工芸品の数は一気に増大します。それは幕府が地産地消、各藩の自立経済を容認したからです。その結果、陶磁器は伊万里焼の他、民芸品、雑器が各地で作られるようになりました。19世紀にはいると、有田の専売特許だった磁器生産は日本各地に広がり、砥部や瀬戸でも磁器生産が始まります。それと同時に民芸品も多様化、生産数も増大しました。
20世紀中頃、柳宗悦が「民芸運動」を始めると、日本人の中には民芸品の面白さに気づく人が増え、収集家も出現します。倉敷や鳥取、松本などに行くと、地元の民芸品が展示してあります。そこに展示されている民芸品は個性があり、見ていて楽しい。
ところで、伊万里焼の本格的な収集家が出現したのは1960年代です。それまで伊万里焼は古美術の部類に入っていなかった。伊万里焼の収集よりも、民芸品の概念が成立した方が先だった。当時、ほとんどの人は、古い伊万里焼を民芸品、食器、雑器と考えていました。60年代後半から70年だ前半にかけて、日本は経済成長期で、開発によって田舎の風景が一変します。それで田舎の蔵から大量の古美術品が放出された。当時、骨董屋さんをやっていた先輩の話を聞くと、「新しい商品が出てきて夢のような時代だった」と話してくれます。東京に住んでいる骨董屋さんが日本各地の田舎に行き初出しをしていたのも、この時代です。田舎から放出された大量の民芸品、雑器がバブル経済に乗り、古美術店の店頭に並び、高値で売れていく。先輩が、「仙遊洞さん、初出しとバブルの時代を味わえなかったのは残念だね」と言いますが、「日本には、まだ発見されてない美があるので、今でも楽しいですよ」と答えています。実際に日本には、無漏れている美術領域が存在する。それがある限り、私は骨董屋を辞める気がしません。いつの時代でも、名物やブランド品だけが美術品ではない、古美術品が豊富にある日本は古美術の宝庫です。それは幕末期、日本人が当たり前に考えていた商品に美を見出した外国人のような視点。浮世絵など、日本人は単なるプロマイドだと考えていたのですから……。
江戸時代後期、士農工商の階級でそれぞれの絵画様式が確立されました。武士は唐画、蘭画や文人画、農民は寺社の発行する版画、工商人は装飾画や浮世絵を楽しみました。18世紀中頃、鈴木晴信が錦絵を完成すると人気が出て、浮世絵は美術の一領域を形成します。それが喜田川歌麿や葛飾北斎、安藤広重などによって世界的に通用する美術に高められました。一方、円山応挙、伊藤若冲、池大雅などは近代にも通じる独自の絵画で世間を魅了しています。その他、中期には司馬江漢、平賀源内、渡辺華山などの蘭学者が西洋の絵画を模した奇妙な和風洋画を描いています。江戸時代後期、日本人は工芸や絵画の制作に勢力を使っているのですが、商品が溢れているのが当たり前になると、ありがたみも半減するようです。贅沢ですね。
江戸時代後期の古美術のジャンルを列挙すると絵画、版画、陶磁器、漆器、ガラス、タンス、民芸品、仏教美術、古裂、人形、根付、刀、鍔など多種にわたっており、一つの領域を極めるのは難しいくらい商品が流通しています。瀬戸焼の徳利などは何十万本単位で作られています。

             

(4) 明治時代の古美術

1968年、明治維新から100年が経ちました。先ほども話したように、この時期から日本列島は急速に開発が進みます。失われていく風景の反動なのか、日本人は明治時代の雑器、民芸品にも郷愁を感じたようです。それが商品となったのは、やはりバブル経済が日本を覆った1980年代後半。露店市などで、明治時代の印判の食器や図替わりと呼ばれる文明開化の図柄の食器が、古美術品として流通するようになりました。また、大正時代に流行した手吹きの氷コップなども古美術品として扱われるようになります。1970年代、田舎で実際に使用している氷コップが商品となるので、骨董屋さんはそれを買って東京の露店市などで売りました。このような現象は1990年代、「何でも鑑定団」が放映され、レトロな商品を日本人が認識するまで続きます。
まだ、私が広島にいた頃、田舎に行くと廃業した商店があり、そこに昔のお菓子やおもちゃが置いてありました。私の従兄弟も骨董屋なのですが、2000年頃、未開封のカルビーの仮面ライダースナックを10袋見つけて、1袋、3万円で売っていました。2000年代前半に、彼は友人と山口県にあるガラス工場跡から約10万本の昭和初期のガラス瓶を15万で買い取り、200万円にしました。ネットが一般化する以前は、このようなことも起こっていたのです。そのようなことは今ではありません。
明治時代の雑器の商品流通を見ると、1990年代に印判の食器、2000年代前半にガラス製品、着物の流行がありました。一方、絵画領域では、ブランド品や有名人の絵画ばかりに注目が集まり、面白くて良い絵画があるのに目を向けません。家の中に絵画を飾るスペースがないのと、時代にマッチしないので明治時代の絵画は人気がないのでしょうか。明治時代は皇国史観が流行していたので、現代社会に合わないのかもしえません。政治ではなく、古美術品の持つ工芸的で創作的な感性の部分に現代の日本人は惹かれるのでしょう。政治色が強いと、美術が無くなるので面白くないのですね。

             

(5) 近世・近代の古美術への関心

イギリスのロンドンには大英博物館やヴィクトリア・アンド・アルバート博物館があり、世界の工芸品を分類、学術的に展示しています。一方、日本に目を向けると、大量の工芸品や博物品があるのに、それを一般に公開売る展示場がありません。そのせいか、日本の古美術品は分類もされず、評価も定まっていない。これは西洋の美学研究を中心に置く日本美術に関係する美学会の姿勢に問題があります。政府は日本各地に文化センターを建設していますが、画一で面白くない。私は旅行で日本各地を回り、博物館や美術館に行きますが、ほとんどガラガラ。一方、東京で行われるテレビや雑誌が広告した展覧会には美術に興味がない人でも足を運ぶ。地方で良い展覧会が開催されても、日本人は見向きもしない。美術行政のバランスが悪いですね。
フランスなどを見ると、芸術品や美術品にいつでも触れることのできる博物館、美術館が多数、存在します。パリにはアフリカやオセアニアの民族芸術を集めたケ・ブランリー博物館がありますが、東京にはアフリカやオセアニアの民族芸術を展示した美術館はない。これで良いのでしょうか。まあ、私がいくら言ったところで問題は解決しないので、民族芸術に触れたい時は大阪の千里にある民族学博物館に行きます。しかし、何で東京に民族学博物館がないのか不思議ですね。その理由を考えると、日本人はいまだに文化人類学、民俗学に疎い国民性を持つことが問題だと考えられます。島国根性。でも、イギリスは同じ島国でも島国根性はありません。日本人は世界の片隅で、良質な美術品に囲まれているのも関わらず、それを意識することなく生活している。贅沢と言えば贅沢なのですが……。
近年、インターネットやSNSが発達して、世界の情報が簡単に入手できるようになりました。若者たちはグローバル化に慣れ、自然に活用していますが、日本人とは何かという民族性の問題も起こっています。現在、政府が悩んでいるのが、民族の教育をどのようにするか。先日、政府が「教育勅語」を持ち出しましたが、日本人はそれを持ち出さなければならないほど、無節操になっているのでしょうか。
私は日本の将来を楽観していますが、これからの日本人は経済学よりも、文化人類学、民族学、家族学など、社会的な分野に力を関心を向けなければならなくなるでしょう。最近は日本に来る外国の観光客も増えました。それがこれからの日本を作るヒントになります。
東京に「大日本博物館」を作るのはどうでしょう。もちろん、入場料は大英博物館のように無料が好いですね。

         
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