このページは2017年6月3日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。

第39回 古代・中世の日本文化と古美術の総括
(1) 縄文、弥生時代の古美術

2年前から古代から明治時代まで文化と古美術について話をしてきました。今回はシリーズが終了したので、総括として日本史からではなく骨董品や古美術品の面から文化の話をしたいと思います。話は私の骨董屋としての体験が中心になります。よろしく。
私が骨董に興味を持ったのは28歳、フランスに留学していた時のことです。アヴィニョンの法王庁の前の建物に住んでいたのですが、それは15世紀の建てられた屋敷でした。日本でいうと室町時代にあたります。屋敷の中にはブルボン王朝時代の豪華な調度品があり、家主は美術館にしようかと話していました。それらを見たり体感しているうちに、私の歴史時間に対する感性が大きく変わります。これは日本では感じることのできない時間観でした。
フランスから日本に帰国して、町を歩いていると、骨董屋のショーウインドウに花を生けた弥生土器が飾ってありました。店に入り、店主に「これは売り物ですか?」と聞くと「商品ですよ」と答えました。その時、私は弥生土器が商品であることを知って驚きました。その時はお金がなかったので、弥生土器を買うことはできなかったのですが、その頃から江戸時代の骨董品、民芸品を買うようになりました。当時はバブル経済(88年)の時代だったので、骨董品は現在に比べると本当に高かった。瀬戸焼の馬の目皿が3、5万円、伊万里焼のたこ唐草の長皿が1枚4、5万していた時代です。現在の価格と比べると、約4倍。日経平均株価は2万前後なので、骨董品の値下がりの方が大きいですね。
その後、約30年間、骨董屋をやっていますが、この間、たくさんの縄文土器、弥生土器、土師器、須恵器を扱いました。古代の商品には、土器の他、石器、矢じり、土偶、玉、埴輪などがあります。市場で入手できるのは縄文中期(紀元前3000年頃)以降の土器です。そのほとんどが発掘時には壊れているので、土器片は復元されて商品となります。プロは土器の何%がオリジナルかを見て、価格を決めます。素人はそのことを知らないので、オリジナルの部分が約10%、残り90%が補修の土器を買います。埴輪も同様で、ほとんどが約30%のオリジナル、約70%の補修なので、半分がオリジナルの埴輪は状態の良い方です。馬などの埴輪には頭部が完全な物もありますが、人物埴輪の頭部などは20万以上出さなければ良品は入手できません。それに比べると縄文土器や弥生土器は、10万以内で美術的にも価値のある、状態の良い物が買えます。
偽物の縄文時代の古美術品の代表に、火炎式土器や土偶があります。これは素人が見ても真贋の区別はつかない。本物そっくりです。真贋が鑑定できるようになるには、私のように何度も騙されて、悔しい思いをしなければなりません(笑)。私が今までに騙されて記憶に残っている商品は、15万円で買った縄文の土偶、5万で買った古墳時代の埴輪、3万で買った新羅の須恵器3個などです。購入時は本物だと信じていたので、それが偽物だと分かった時はショックでした。
縄文時代の土器で人気がある物に、青森県から出土する亀ヶ岡式土器があります。縄文時代晩期の土器、土偶ですが、他の土器と違って精密です。もし、青森県に旅行に行くことがあれば、亀ヶ岡遺跡を訪ねてみてください。最果ての縄文文化を堪能できます。
土器の鑑定方法に、土器の表面に水をかけて鑑定する方法があります。本物は独特の土臭がします。薬品の匂いのする土器は、まず偽物。それから、プロは土器に水が沁みる様子で鑑定します。本物は水がじわっと沁みる。偽物は水をはじきます。知らない古美術店で水を商品にかけることはタブーなので、信用のおける古美術店で古代の土器を買うことをお勧めします。
2000年以降、ネット・オークションが盛んですが、商品の増加と共に、偽物も大量に出回っています。数年前、ネットオークションで3万の新羅土器、2万の加彩の偽物を購入しました。偽物だと思って、それを古物商の市場で売ったら、3千円でした。まあ、目が利かなかったのだから仕方がない。
日本の縄文、弥生、古墳時代は中国は殷、春秋戦国、漢、南北朝時代にあたります。中国の骨董品は日本の土器、埴輪に比べると商品数が豊富です。しかし、偽物の数も多い。それも良くできている。日本の古美術品同様、中国の古美術品を買う時も気を付けてください。
ここで少し、太古の日本の話をしましょう。日本列島で縄文土器が作られるようになったのは紀元前13000年頃。縄文土器は世界的に見ても最古の部類に入る土器です。中国文明やメソポタミア文明が起こったのは紀元前5000年ですから、それよりもずっと古い。しかし、日本人自身は意外とこの事実を知りません。縄文時代は文字の使用、王権、国家がないので文明とは言えませんが、日本には太古から文化はあった。それは自然と共生する文化で、その感覚は現在の日本人の根底にも流れています。日本の文化がすべて中国、朝鮮半島の模倣だという人がいますが、そのような人は日本のことを理解していない人です。

             

(2) 古墳時代から奈良、平安時代の仏教美術

古墳時代は3世紀、邪馬台国で卑弥呼の塚(箸墓古墳)が造られた時から始まります。それ以降、前方後円墳は纏向、柳本、佐紀盾並、馬見、古市、百舌古墳群などが近畿地方に、地方では吉備や日向に作られます。この時代の古美術品には、土師器、埴輪、玉、ガラス珠などがあります。先ほども話しましたが、埴輪はオリジナルの%で価格が決まります。ネット・オークションを見ると、今できの勾玉が多数、出品されています。勾玉の真贋はプロでも難しいので、覚悟をして購入してください。
飛鳥時代、日本に仏教が伝来してきました。この時代を代表する古美術品は寺院の軒瓦、平瓦です。軒瓦には連弁門が刻してあり、各寺院に特徴のある瓦が使用されています。飛鳥時代の金銅仏が出回ることがありますが、100%模倣品。オリジナルの金銅仏が欲しければ、隋や唐、三国時代の金銅仏の購入をお勧めします。もちろん、これらもたくさん偽物が出回っています。注意してください。
日本に仏教が入る前、ガンダーラ(現アフガニスタン)で石彫の仏像が作られました。それが現在、日本の古美術市場で入手できます。中国で仏教美術が盛んになるのは6世紀頃からですが、隋や唐の金銅仏、石仏などは比較的簡単に入手することができます。ガンダーラの石仏は30万、北魏の金銅仏は20万、隋や唐の金銅仏は10万出せば購入できるでしょう。晩唐の金銅仏は5万円くらいで入手することもできますが、真贋を判断するのはやはり難しい。
古墳時代から奈良時代まで、日本では須恵器、土師器が製作されます。須恵器の時代や産地の様式がわかるようになると、須恵器の面白さが理解できるようになります。当時から日本人は民芸感覚で、地方色豊かな須恵器を作っています。
奈良時代になると、仏教美術の遺品が多くなります。その代表が紫紙金字教や、紺紙銀字教(二月堂)、大聖武などの写経、法隆寺や西大寺から出てくる百万頭などです。奈良時代の仏像を入手するのは難しいのですが、平安時代になると仏像や写経の数も増え、入手可能になります。価格はピンからキリで、状態の良い物は高価。四国などには虫に食われた仏像の残骸のような木彫がありますが、それでも時代の雰囲気を感じさせてくれます。価格は3万円前後でしょうか。ちなみに、100万円以上出すと、平安時代の木彫仏、神像、銅製の経筒を買うことができます。
仏像や有名な写経は高価ですが、古墳時代から平安時代まで生産された須恵器は発掘されて大量に市場にあるので、それを入手すると時代の雰囲気を味わうことができます。

               

(3) 鎌倉時代の仏教美術と六古窯

鎌倉時代の古美術品には仏像、写経、銅鏡、経筒などの他、六古窯の陶器が加わります。仏像は平安時代の商品数と比べると、鎌倉仏は倍増する。江戸時代の仏師の作った仏像を100とすると、室町時代の仏像は25、鎌倉時代の仏像は6、平安時代の仏像は1くらいの割合で市場に流通しています。その他、仏像の残欠なども、この割合で出回っています。価格はこの逆で、平安時代の仏像は100万、鎌倉時代の仏像は75万、室町時代の仏像は50万、江戸時代の仏像は25万となります。鎌倉時代の銅製の掛仏などは数が残っているので30万も出せば、良品が入手できるでしょう。
仏教美術の収集は、京都の人より、東京の方が熱心です。奈良や京都では、多くの寺院に仏像が残っているので、あえて収集しなくても良いのですかね。東京は江戸時代の古美術品でさえ震災や空襲で消滅したので、意識して古美術品を収集しなければ、古代や中世の時代の雰囲気を味わえません。もっとも、東京に住む人の多くは生活が中心で、日本史や古美術などに関心はないでしょう。
日本人が年間に消費する美術品の総額は約3300億円。これを見ると日本人の美術品に対する意識の低さが把握できます。アサヒビール一社の1年間の売り上げが1兆7000万円(2015年)なので、数字を比べると美術界の状況がわかります。ちなみにアメリカの美術品流通額は約7000億円(2012年)です。
2008年、真如苑がアメリカのクリスティーズで運慶の大日如来を14億円で落札して話題になりました。1980年後半のバブル経済の時代、日本人収集家がゴッホなどの印象派の絵画を収集しましたが、現在、考えると安い買い物だったと思います。「安物買いの銭失い」ではありませんが、良品を集めると、株も古美術品も値下がりはしないでしょう。
六古窯とは瀬戸焼、常滑焼、越前焼、信楽焼、丹波焼、備前焼です。美濃焼は瀬戸焼と同じ扱いになっています。その他、中世の焼物には渥美焼や珠洲焼などがあります。平安時代の六古窯の代表的な作品は常滑焼や越前焼の三筋壺で、壺の胴部に三筋が入っており、壺が五輪塔、五行思想を表わしています。平安時代末期、1052年から末法思想が流行し、魔よけのために三筋壺の中に陰青の合子、銅鏡、玉の数珠などの神器、経筒に法華経を入れて埋めました。三筋壺や経筒は写経や仏像と共に人気商品です。三筋壺は30万、経筒は60万、写経は20万くらい良い物が入手できます。雑器ばかりではなく、このクラスの古美術品を集めると、家で美術館、博物館の気分が味わえます。
鎌倉時代の六古窯の人気商品は、信楽の壺、瀬戸の灰釉瓶、備前の波状文壺などがあり、40万前後で良品が購入できます。

               

(4) 室町時代の古美術

室町時代になると古美術品のジャンルが多様化します。鎌倉時代までは旧仏教の古美術品が中心となりますが、室町時代になると禅宗に関連する古美術品、茶道の関係の陶磁器、根来塗などの漆器などが登場し、安土桃山時代になると、それが一気に開花します。宗教界に目を向けると、禅宗では流行が臨済宗から曹洞宗、浄土真宗から一向宗へ人気が移行し、神道と融合して仏像の様式も多様化します。江戸時代に流行った大黒天の彫像が作られ始めたのも室町時代です。
室町時代の古美術品の中で、人気がある商品は信楽の壺、根来塗の漆器、神像と融合した仏像、銅製の掛仏、仏教絵画などです。室町時代の古美術品は鎌倉時代の古美術品と比べると残存数が多いので、古美術店に行けば簡単に購入することができるんでしょう。特に絵画は、神仏混合の面白い作品が多く残っています。
使用して、表面の朱色が自然に剥げた根来塗の角切折敷などは人気商品ですが、意図的に朱色を剥いだり、上から黒漆を塗って景色を付けた消費が大量に市場に流通しているので、購入時には気をつけてください、そのような商品は鑑賞しているうちに作為的な部分が見えてきて嫌になります。それならば、最初からお金を出してオリジナル作品を買う方が無難でしょう。

             

(5) 古代・中世の古美術への関心

日本人が古美術収集に関心を持つようになったのは20世紀に入ってからです。大正時代、「大戦景気」によって豊かになった日本人は、財閥人を中心に古美術品を収集するようになります。それらの古美術品は江戸時代の大名家が手放した物でした。その頃、財界人が収集した古美術品は大名が所持していた茶道具と墨跡と名画、いずれも茶道関係の物です。しかし、太平洋戦争で財閥は解体されると、個人での古美術品収集は難しくなり、それらの古美術品は財閥系の博物館、美術館で管理されます。
戦後、経済状態が良くなった昭和40年代、絵画、古美術収集ブームが起きます。収集家は六古窯の壺や初期伊万里など、戦前、古美術品とは考えられていなかった商品に新たな美を見出します。また、民芸運動も時流に乗り、河井寛次郎や浜田庄司、芹沢圭介、棟方志巧の作品が評価されます。
1970年前後、高松塚古墳の発掘や邪馬台国論争で古代史ブームが起こります。この時期から日本では考古学が盛んになり、列島改造論による開発によって、新しい遺跡が各地で発見されるようになりました。その時発掘された物が市場に流入、古代の古美術品の市場が形成されました。昭和25年、個人の土地で土器や石器が出土した場合、その遺物は埋蔵物として発見届を警察署長、文化庁長官あてに提出しなければならない「文化財保護法」が制定されますが、この法律はほとんど無視され、出土物はそれを発見した人の所有になり、それが市場に出品されます。1990年代、中国では文化財の盗掘が相次いだので、厳しい罰を課して取り締まりました。その結果、盗掘の件数は減ったようです。
1970年代、古美術品収集は特殊な趣味でした。特に刀剣や仏教美術は収集家が少なかった。戦後、茶道を習い始めた女性たちは、古美術よりも新しい茶道具の方に関心が向いていたようです。1980年代、中国で発掘ブームが起こり、それまで高価だった中国美術の価格が下がって入手しやすくなります。東京の若い骨董屋さんの一部が考古品や仏教美術に関心を持つのもこの時期です。1990年代に入って「何でも鑑定団」が始まり、一般の人も古美術品に関心が向くようになり、古代・中世の古美術の再評価も始まります。
現在はパワー・スポット・ブームの影響もあって寺社などは人でいっぱいですが、1990年、私が「京都の寺社周りが趣味です」と話すと、多くの人は「渋い趣味ですね」と言っていました。ましてや、骨董品収集が趣味だというと、変な顔をされました。30歳頃の話です。当時、私は中国本土から発掘される古美術品収集に夢中でした。次々に古美術品が発掘されたので、商品も大量にあり、偽物も少なかった。しかし、1996年の香港返還によって、香港から古美術品が持ち出せなくなり、ブームは去ります。その後、私は仏教美術品を収集していたのですが、高価なので途中で止めました。茶道具も同様で、一時、唐津焼の伝世茶碗なども所持していましが、経済的に仏教美術、茶道具収集を続けるのは無理でした。それで商売に徹するようになり、伊万里焼などを扱うようになりました。この間、世間ではパワースポットブームが起きて、仏女や歴女が出現、古代や中世の古美術品に目が向くようになります。
最近は雑誌やインターネットなどから、古代や中世に関する情報が発信され、市民権を得ています。しかし、古美術品の価値や解釈については、いまだに研究が進んでいません。欧米では美術品を学術的、美学的に分類するのですが、日本人は感性で物をとらえる傾向が強いので、個人の評価に頼っています。古代や中世の情報が少なかった時代、専門家も多くの間違いを犯しているのですが、いまだにその人たちの権威は守られています。日本人は「箱書き」や有名人が好きですから、現在でも間違った「箱書き」に翻弄されます。昨年12月に「何でも鑑定団」で宋時代の天目茶碗に2500万円の値段が付き、現在は真贋論争にまで発展しています。あれは箱書きから見ても偽物ですが、一般的な人は「有名人が評価をしたのだから間違いはない」と考えます。鑑定は本当に難しいですね。
三内丸山遺跡や加茂岩倉遺跡の発見によって、日本の古代史の常識が大きく様変わりしました。これからも古代や中世史について新発見があり、日本史は塗り替えられるでしょう。古代や中世の古美術品が身近になったので、共通の趣味を持つ仲間と話をして、学術的に研究すことも楽しみの一つとなりました。
次回は、美意識を持つ食器などの日常雑器が日本中に溢れ、生活中心の古美術が拡大した近世・近代の古美術についてお話をしたいと思います。お楽しみに。

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