山本 下川先生に来ていただいて対談するのも4回目です。時の経つのは早いですね。
下川 本当に早い。すぐに歳を取る。
山本 皆、確実に高齢者に近づいています(笑)。今回の題材は、「高齢者と趣味」。昔は若かった常連客の方も、高齢者の域(世界保健機関、WHOの定義では、65歳以上の人)に入っています。
下川 骨董は大人の趣味ですから……。それでも常連客の方が長年、店に来られるのは凄いですね。長い方で何年になるのですか?
山本 仙遊洞を開いて19年ですが、長い方で19年です。下川先生が仙遊洞に来るようになって17年ですよ。
下川 ほう。子供も大きくなるわけだ。
山本 17年間、下川先生も仙遊洞でいろいろな方と出会ったでしょう。骨董屋で高齢者の話をするのは不思議ですが、店をやっていると骨董という趣味が高齢者の知的な活動に役立っていることを実感します。逆に、趣味から遠ざかると、知的な活動も停滞するような感じがします。
下川 健康でなければ、趣味は続けられない。
山本 下川先生は、趣味についてどのようにお考えですか?
下川 趣味は人によって違います。他人から見れば、「この人、何でこのようなことに熱中しているのだろう」となる。骨董趣味も同様で、趣味のない人から見れば、「何で人が使っていたものをわざわざ使う必要があるのか」と勘繰られます(笑)。
山本 確かに日本文化には新鮮さや清潔さを求める神道的な概念があるので、古い物を忌諱する風潮もあります。その一方で、風俗や慣習を神格化する部分もある。
下川 古物の扱い方には自然や環境が関わっています。ヨーロッパは地震などの災害が少ないので、古代や中世の建物も残っている。しかし、日本は地震や台風などの自然災害が多いので、古い建物は残らない。
山本 ヨーロッパでは古い程、格式が高いとされていますが、日本は違いますね。
下川 日本人は歴史よりも現在の生活を大事にしますから。
山本 ヨーロッパでは戦争や革命などの人災で古物が破壊されますが、日本は自然災害で古物が消滅する。アメリカなどは古物がないので、骨董品も少ない。
下川 骨董品の概念をどの時代まで遡って設定するかの問題もあります。日本の場合、伝世という概念が確立されたのは安土桃山時代以降ですよね。
山本 「箱書き」ですね。骨董好きは安土桃山時代の陶器に夢中です。唐津焼などは伝世品が入手できないので、発掘品でも商品価値があり偽物も出回っている。ネットなどを見ると、桃山風に作った陶片をわざと壊して商品にしている。
下川 人は無い物ねだりをする傾向がある。人が持っていない物を持っていると優越感に浸ることができるのですね。骨董屋は「これは珍しい物です。このチャンスを逃すと、このような古美術品には2度と出会えません」と言ってセールスしますよね。
山本 それは常套句。実際にたこ唐草など、どこにでもあるような作品と違って地方の窯などで生産された陶器は非常に数が数ない。古美術の収集には2通りあって、皆が持っている物を欲しがるタイプと、持っていない物を欲しがるタイプがいる。前者には女性、後者には男性が多い。自分らしさを出すのが趣味の根源なのでしょうか。
下川 そうですね。趣味で集めた物は鏡のような役割を果たします。自己確認というか、自分しか収集できないものにアイデンティティを見出す。概念的な収集品は個人的な趣味にはならない。
山本 団塊の世代の女性などは、他人が持ってる物と同じ物を欲しがる傾向がありました。だから、たこ唐草や花唐草がよく売れた。
下川 それは個人の趣味というよりも、女性の社会的な地位の確認作業ですね。専業主婦は社会性が希薄だから、社会との接点を求めるために他人と同じ物を所有したがる。それで安心する。
山本 隣がレクサスなら、うちもレクサスですか。女性だけではなく、男性もそのような傾向があると思うのですが?
下川 日本人は安全が好きなので、危険を冒しません。
山本 インターネットが発達した社会では、情報が簡単に取得できるので、骨董屋が珍しいと言っても皆、信じなくなった。伊万里焼や瀬戸焼などはヤフオクを見れば、いつでも大量に商品が出回っています。概念的な古物の価格は下落し、自分らしさが発揮できる物に、収集家は価値を見出すようになった。
下川 最近の若者は古物でも雑貨でも同じ価値観の中で扱っていますよね。彼らは感性が合えば古くなくても良い。
山本 情報所得の容易さ、需要と供給の関係の変化が、他人と同じ物を欲しがっていた日本人の趣味を変えた。その結果、若い世代では「自分一人だけの趣味」に焦点があてられるようになった。
下川 しかし、昨年、大ヒットした「君の名は」や「シン・ゴジラ」などのメガヒットは、他人と価値観を共有したいからヒットした。あれはSNSの拡大による社会現象の一つでした。昔、専業主婦が社会的地位を獲得するために伊万里焼を買っていたのと同じ現象です。
山本 それでは個性は希薄になりますね。
下川 そうですね。それは趣味にならない、習慣に近い行為です。実際にスマホやツイッターをいじるのが趣味という人は少ない。
山本 ツイッターに映像を投稿するひとはどうでしょう?
下川 ツイッターで話題になるのにも希少性が必要です。誰でも知っている情報では人々の関心は向かない。最近は、アクセス数を獲得するための偽ニュースも蔓延していますが……。
山本 話を聞いていると、趣味が成立するのは個性、希少性が必要だということがわかります。
下川 でも、あまり変わった趣味だと人に理解されないので、孤立化する可能性も出てくる。趣味の成立には、個人的、希少性とコミュニケ―ションも必要だと思います。
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