このページは2015年6月6日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。

第19回 「古美術品の経済学」 (1) 明治時代の古美術界

江戸時代、税は米や特産品など物納とインフラ整備などの労働で徴収されました。各藩は大坂に物品を送って換金したのですが、江戸時代後半になると、各藩は脱税のために偽の石高を申告して幕府の目を欺き、蓄財を始めます。欺くのが上手だった薩摩藩、長州藩などは幕末に雄藩として名を馳せます。一般的に江戸時代は税金の取り立てが厳しかったように考えられていますが、日本は脱税王国で、それが社会を発展させたことは確かです。
1873年(明治6年)、政府は地租改正を行い、納税が物納から現金に変わりました。明治時代初期は、農民が圧倒的に多かったので、地価税が税収の大半だった。1899年、酒税の税収の割合が地価税を超える(28%)。昔から日本人は酒が好きだったのですね。明治政府は、それ理解して課税した。ちなみに現在の酒税額は1500億円、日本の美術市場の取引金額と同額。酒税の方が美術品取引より金になる。
明治時代初期、「廃仏毀釈」、「大名道具の売立」、「美術品の海外流失」など、美術の世界に変化が起こりました。奈良にある興福寺・五重塔は250円(現在価格で750万円)で売りに出されています。幸い興福寺の五重塔は売却を免れましたが、他の塔や城は安価で売却され、薪などに使用されました。幸い廃物希釈の嵐が吹き荒れる中、文化財を守る良心的な日本人がいたので、仏像、寺院などは守られた。
フランス革命、ロシア革命、文化大革命ではバーミヤンの石仏爆破のように文化財は徹底的に破壊されました。現在、イスラム国は考古学遺産を売りに出して戦争の資金を稼いでいますが、人間のやることはめちゃくちゃです。
廃藩置県が行われると各藩の大名たちは藩の経営から解放されます。廃藩置県に賛成する大名が多かったのは、藩の債務から逃れたかったからです。商売をしていると、箱に由緒などが書いてある大名から家臣に下賜した品物に出会うことがあります。私は尾張藩・竹腰家(三家老の一つ)から下賜された名品の御深井焼の茶碗を扱ったことがあります。
税法が確立されていない時代、大名たちは売却した美術品で経営を行いました。1887年(明治20年)に所得税が導入された頃、大名家の美術品の売買も落ち着き、1905年の相続税の導入、1907年、「東京美術倶楽部」の設立によって近代的な美術市場が出現します。
現在、日本には大名家が所蔵していた美術品を保存している美術館は「徳川美術館」や「毛利博物館」、「永世文庫」など少数。多くの大名は自分の家財を保持できなかったのです。
ところで、明治時代初期、美術品の価値を知っている外国人が大名家や寺院から流出する美術品を争うように購入しています。ボストン美術館の日本美術コレクションは、この時代に流出した古美術品で形成されたものです。それを指導したのが、モースやフェノロサ。
1919年、戦争で設けた収入に税金をかけるという「戦時利益税」という変わった税法が施行されました。第1次世界大戦時、「成金」と呼ばれる人が輩出、財閥が形成され、財界人と呼ばれる人々が古美術品を収集するようになりました。
この時代のエピソードで最も有名なのが、「佐竹本三十六歌仙絵巻」の売立。「戦時利益税」を施行した1919年12月に、益田鈍翁(三井物産社長)の家で売立会が行われていました。絵巻の値段は現在のお金で36億円くらい。それを有名な実業家が分割して購入しました。売立会に参加した人を見ると、当時の実業界の様子が把握できます。興味にある方は、ウィキペディアで「佐竹本三十六歌仙絵巻」売立会参加者名簿をご覧ください。

         

(2) 戦後の古美術界

美術品の流出は激動期に起こります。1回目が明治維新、2回目が大正時代の成金景気崩壊、3回目が太平洋戦争の敗戦です。2回目は明治時代に没落した旧家、旧大名の品物が放出、敗戦後は財界、旧家から品物が流出しました。白洲正子さんが、「戦後、数年は優良な古美術品が市場に溢れていた」とエッセイなどに書いています。一般的な日本人は食うや食わずで、古美術品収集どころではありませんでした。
そのような激動期には優秀な古美術商が出現します。風呂敷に美術品を入れて金持ちの間を行商して回る「風呂敷古美術商」という人々がいましたが、彼らは自腹を切って行商するためにリスクが大きく、優れた目と財力を要しました。実力があった。その代表が、古美術・不言堂を起こした坂本五郎さんです。坂本さんは伝説的な人物で、現在も不言堂の下で修業した多くの古美術商が活躍しています。興味にある方は「一聲、千両(日本経済社巻」を読んでみてください。
昭和30年代半ば、池田勇人が「所得倍増論」を唱えた頃から経済的余裕が生まれ、デパートの美術部が脚光を浴びるようになります。日本人にも余裕が出てきた。当時、日本では美術品の発表の場が少なかったので、百貨店が展覧会場、美術作品の発表、取引の場でした。一般の人は美術品の価値が特定できないので、デパートの美術部を信頼して購入した。現在でも、その傾向は変わらず、株価が上がり、景気が良くなるとデパートが高級品を売って営業利益を拡大しています。在庫作品の価格を維持することもデパートの役割です。
1982年、デパートの美術部の信用を失墜させる事件(三越の古代ペルシャ秘宝展事件など)が起こりました。その時、三越で展示された古美術品は、札付きの偽物だったのですが、デパート側が気づかなかった。その後、日本はバブル景気を迎え、少々の偽物を購入しても平然とした時代が続きました。日本人は騙されも余裕があるのですね。
昭和10年代生まれの人が30代の頃、古美術品も一般に認知されるようになり、新しい古美術商が登場しました。彼らは車に乗って各地に出かけ、地方にあった古美術品(伊万里、六古窯の壺、民芸品など)を東京に持ち込んで商売を始めた。「列島改造論」の影響で高速道路のインフラが整備されて流通革命が起こったり、スーパーのダイエーが登場した時代です。
「何でも鑑定団」の中島誠之助さんが活躍したこの時代。古美術品はデパートの扱う作家物、お茶道具などの高級品と伊万里焼、漆器、民芸品などカジュアルな領域に2分割されました。サラリーマンが美術品収集を始めた。骨董品収集はお金持ちの道楽」と考える人がいますが、そのような人は戦前の感覚を引きずっている人です。実態は全く違い、常に新しい視点で古美術品を探す、流行を作り出すことが繰り返されています。
1980年代後半、日本はバブル景気で、古美術品の値段が高騰しました。バブル時代、伊万里焼の価格は現在の5倍くらいでした。「あの頃は儲かった」と、いつも先輩が話してくれます。
1987年、安田火災がクリスティーズでゴッホの「ひまわり」を53億円で落札して話題になりました。この買い物には批判もありましたが、他の企業のやったことに比べれば、この買い物はまともです。1998年、村上龍が「あの金で何が買えたか」というバブル時代の日本人のお金の使い方の絵本を出しています。それを読んでいると文化に疎い日本人の教養の無さが描かれている。結局、文化力で負けた太平洋戦争の気分と変わっていない。
バブルがはじけた2000年頃、湾岸の倉庫に大量の古美術品が保管されていました。企業は損失の穴埋めに、それらの美術品を放出します。いい加減な気持ちで購入しているので損失も拡大した。それでも日本は平和、呑気な国です。
私の体験では株価が上がると、古美術市場も活気づき、下がると停滞します。80年代後半のバブル以降、ITバブル、サブプライムバブルと2度、好景気がありましたが、その頃、多くの良品と出会えました。景気が良くないと市場に良品が出てきません。現在、株価が上がっていますが、実体経済に活力はありません。好景気を見せかけるバブルのバブル、日本人の経済的感性も行き詰まっているようです。
ちなみに「何でも鑑定団」の価格ですが、あれは相場ではなく、今までで最高値を告知しています。

           

(3) 海外市場

中国が改革開放に舵を切った1983年、中国人も市場経済が何かを理解するようになり、美術品の価値に気づきました。国内のインフラ整備で地中から古代の美術品が大量に発見され、村人たちの組織的な盗掘が始まります。それがバブル時代に日本に流入、価格を下落させ、それまで高根の花だった中国の古美術品が少し無理すれば購入できるようになった。1980年、600万くらいだった漢の緑釉の壺が盗掘の始まったバブル時代、50万円位に、大量に発掘されるようになった2000年頃、10万円になった。優品が手の届く金額で購入できるのですから、中国古陶磁ファンにとっては夢のような時代でした。現在では発掘が制限されているので、商品が不足がちで模造品が大量に出回っています。
昔から海外で政変が起きると、日本に美術品が流入しています。70年代のベトナム、90年頃のロシア、東欧、中国、2002年のアフガニスタン、北朝鮮。そのような商品は一時的に出まわりますが、あっという間に消費され、市場から消える。また、国に実力がつくと、その国の古美術品も高騰します。88年、ソウルオリンピック以降の韓国、08年以降、中国の古美術品が値上がりした。逆に経済が停滞すると、古美術品の値段も下がります。現在、日韓関係が冷え込んでいるので、日本人は李朝の古美術品に興味を示しません。あれだけ政治的発言をされると、日本人の韓国熱も冷めてしまう。古美術品の価値も時代や政治によって、変化する。
外国には信用のあるクリスティーズ、サザビィーズなどのオークション、美術ギャラリーが存在しています。しかし、日本人はお金があっても、世界的に通用する美術品を購入しません。理由は美術品の価値を世界基準に設定できるギャラリストがいないからです。そのことを美術界の人たちは気づいていない。学術的に美術を研究する人は多いのですが、価値を決めることのできる人が少ないのです。観念的な芸術学教育の弊害ですね。先ほど話した「風呂敷古美術商」の現代版を作らなければ、とても世界市場になど進出できません。と、いうより、日本人は美術など、どうでも良いのでしょうね。
ちなみに、経済的に豊かな日本人は美術品を購入するよりもオレオレ詐欺(2014年の被害額600億円)にお金を費やしています。1年に日本で取引される美術品の金額が1200億円で、オレオレ詐欺の年間の総額は600億円。日本人は何を考えているのですかね?
最近、オランダのマーストリヒトの「TEFAF」、スイスの「アートバーセル」、フランスの「FIAC」などが美術界を牽引しています。アートマースヒリト美術財団の発表によると、2013年の美術品の売り上げは474億ユーロ(約6、7兆)でした。ちなみに音楽市場は1、5兆円。美術と音楽では経済的規模がちがう。
アメリカの美術品の売り上げが49億ユーロ(約6900億円)。25%上昇しています。世界には3200万人の億万長者が存在していますが、うち42%がアメリカ人で、取引の中心がニューヨークです。意外ですが、中国はアメリカに次ぐ美術購入国です。世界の美術の24%は中国人が買っています。日本に中国人のバイヤーがたくさん来ますが、実体験で中国人の実力が感じます。
日本人も学術的にではなく、世界基準で美術品の経済的価値を認識しなければならない時期が来ていると思います。

         

(4) 日本人の美術品に対する感性

先月、柳美里さんが発表した「貧乏の神様芥川賞作家困窮生活記」(2日発売、双葉社)が話題になっています。良い時は年収が1億円あったのに、現在は貧困生活を送っているという内容の本です。この中で、「日本に小説で食べていける人は30人しかいないだろう」と書いています。先日、友人の日本画家に会った時、「画廊で個展をやっても、絵なんか売れないのよ。今は挿絵を描いて生活している」と言っていました。日本で芸術家が食べていくのは大変なのですね。なぜ、このような状態になっているのか。分析すると次のようになります。

[1] 日本の美術市場は経済規模に比べて小さい。
(年間売上、日本1200億円、アメリカ6700億円)
[2] 日本人は美術品を資産価値と見なさない。
(日本人にとって美術品は観賞用、日常品。楽しむために美術品を買う)
[3] 日本の美術品は海外に比べて、低価格である。
(一般的日本人が購入する美術品は3〜100万円程度で、億になると法人しか買えない税制上の問題がある)
[4] 日本人は時代の流行に敏感で、世代によって好むものが違う。また、対人関係を重視するので知人の作った美術品を購入する傾向が強い。
[5] 美術品を作り出す芸術家の団体意識が弱く、いつまでも弱者で甘んじている。
(現在、平均年収110円というアニメーターの収入の低さが話題になっています)
[6] 学問を重視する芸術教育の弊害。
(頭でっかちで、学術的な人ほど騙される傾向があります)

日本には良い美術品があるのですが、日本人が海外のブランド品に弱いのと、移り気なせいで自国の美術品には目がいきません。逆に言うと、日本は安価に美術品を購入できる国だ、ということになります。私はそれに気づいて、骨董屋をやっています(笑)。経験上、古美術品が残っているのは日本とイギリスです。ですから、金本位制ではなく、古美術品本位制の私としては、ユーロよりポンドを信用しています。革命が起きる国は農本制の国。美術品など無用な人々が統治する政府は信用できません。貴族か農民かに二極化すると争いが起こる。少しはブルジョワジーがいた方が良いでしょう。
お客様の美術品に接する考え方が多様です。資産として見る人、日常的な生活に使用している人、恋人のように思っている人……。たまにお金を持っている人が「古美術品で資産形成をしたいのだが……」と話されることがあります。私はダブル・スタンダード、人間関係重視、市場規模など、美術界の現状をお話しします。。株取引と同じで、真贋問題、流行に左右される美術品で資産形成するのにはリスクが伴い、税務の問題が絡んでくるので資産形成は難しい。で、世界の美術市場から取り残される。ワールドカップ・サッカーの価値を知らなかった以前の日本人のようです。
古美術品の価値は店、店主によって違います。そこが古美術品の面白いところですが、逆に言うと多様化の原因にもなっています。日本人は多神教的なので、目の前の古美術商を信じる。もし、その人が目利きでなかったら……。それでも、信じる人は救われているのかもしれません。
戦前、財界人が古美術品を収集していた時代、一神教的な時代でした。権威が叫ばれ、日本は戦争に突入した。私は戦争が嫌いなので、古美術品の価値、価格の多様化に賛成です。インターネットの出現が、問題があっても、価値感の多様化を推し進めています。私は縄文的なので、ジャングル(森)のような方が面白い。
私の意見も一つの意見ですが、皆様も自分が購入した美術品を考察することによって社会状況や自分自身の信条、状態を把握することができます。ある意味、購入した古美術品が鏡の役割を果たしてくれるでしょう。
今回は経済を通して古美術を考察しましたが、多角的に触れることができる古美術の世界は面白い。様々なジャンルの美術品がある日本は平穏ですね。
(終わり)

         

上へ戻る