山本 前年に続いて、心理学者の下川先生に古美術品を収集する人の心理の解説してもらいます。今回は受講生の質問に先生が答える形で講座を進めたいと思います。よろしくお願いいたします。
下川 こちらこそ、よろしくお願いします。
山本 最初は私の質問から……。前回は古美術品収集と口唇期、肛門期、男根期の関係について話を聞きました。ぐい飲みや茶碗などは口唇期に関係が深い古美術品、それを箱に納める行為は肛門期的、それが社会的に認知されると男根期的的な美術品になると解説してもらいました。ぐい飲みについたシミなどを愛でる古美術家もいますが、それを汚いと感じる人もいます。
下川 ぐい飲みや茶碗は元々、生活用品です。我々が日頃、使っているものを箱に納めることはしませんが、箱に納めることによって2次的な意味合いが出て、それを他者が認めると社会性が生まれます。収集家は有名人が使った物などを有難がります。特定の人が使用した物を聖物化するのは宗教に近い。信じる人、愛する人を身近に感じたい。興味のない人にとってみれば、古美術品収集は不可思議な行為です。
山本 度を越して、骨董病になる人もいます。
下川 非日常的な状態を病気といいます。恋愛は非日常的な行為ですが、骨董収集もこれに近い。恋愛も古美術収集も対象に振り回され、自分を失うところから始まります。人は肛門期頃から自分をコントロールする訓練が始まります。病気になるとそれをどのように処理して良いかわからなくなる。恋愛にはさまざまな面、相手を所有したい気持ち、嫉妬、夢想……、複雑です。
山本 恋愛も古美術品収集もうまくいかない方が、より味わえませんか?
下川 無いものねだりですね。志賀直哉の「小僧の神様」では、すしを食べさせてくれた人が神様に見える。毎日、回転ずしですしを食べていたら、有難味は減少します。
A 個人的に民芸品を収集していますが、民芸に興味のない人は、私の趣味は理解しがたい。恋愛と同じですね?
下川 あばたも笑窪です。自分の好きなジャンルを確立できている人は迷いがありませんが、問題は何を集めて良いかわからない人です。探している物が、いつまでたっても見つからない。自分の好みをはっきり認識しないと、外部との関係が築けません。
山本 お客様に「何をお探しですか?」と聞くと、「自分の好みのもの」と答える人がいます。私は答えようがない。初対面の客の好みなどわからないので、会話が成り立たない。
下川 最近は店での会話を面倒に感じる人もいます。
山本 そのような人はネットで買い物をすれば良いでしょう。通信情報が発達して、古美術品収集の住み分けが起こりました。客は以前のように古美術商に依存しなくなった。ネットでは会話は必要ありません。店はあくまで店主と会話を楽しむ場所だと思います。
下川 好みをはっきりさせていないと骨董屋は入り難いですね。
山本 恋愛も古美術品収集も個人的なものです、それにジャンルも広い。「私に合う物を探しています」と言われても……。古美術品を探すのは、結婚相手を探すことに似ています。自分の好みを持っている人の方が相手を探しやすい。
下川 日本人はブランドに弱いので、ブランドの偽物を購入します。妻よりも水商売のお姉さんの方に魅かれるみたいに。お姉さんは一時的な恋人になって、非日常を演出してくれるから、キャバクラが繁盛する(笑)。非日常を演出してくれる古美術品もそれに近いのでしょう。
山本 ただ、ある日、それが偽物だと気づくと白けてしまう。
下川 いつまでも気づかない人もいます。
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