このページは2015年4月4日(土)に行われた骨董講座を再現したものです。

第17回 「古美術品の社会学 −現代骨董事情−」 (1)  社会学とは

社会学はフランス革命(1787年〜1799年)後、オーギュスト・コントによって提唱された学問です。簡単に言うと「人と人の関係で成り立っている社会を解説する学問」。フランスでは王政が崩壊する過程で封建的特権の撤廃、近代的所有権の成立など、新しい理念の確立が急務とされました。コントは合理的な産業主義を唱え、「秩序と進歩」を社会学の中心に置きました。コント以降、M・ウェーバー(「資本主義の精神」の理論)、エミール・デュルケーム(実証主義・機能的社会学)、ゲオルグ・ジンメル(社会分化理論)などによって近代社会学の基礎が築かれ、シカゴ学派、フランクフルト学派、構造主義などに派生、現在は歴史学、心理学、経済学、ジェンダーなどの分野を吸収しながら、領域を広げました。
私は数十年前、浅田彰によって紹介されたフランス構造主義に興味を持って本を読んだ記憶があります。M・フーコー、J・ドゥルーズ、J・ボードリヤールなどが当時、人気があった社会学者です。最近、「21世紀の資本」で有名になった経済学者トマ・ピケティなどは社会学の概念を応用して階層理論を組み立てています。
社会学は広い範囲を扱う分野ですが、古美術に関して「発達心理」、「コミニケーション」、「ジェンダー」、「歴史」、「文化」、「宗教」、「経済」、「メディア」などの概念が適応できます。それに「階層学」、「病理学」を加えると、古美術社会学として新たな解説できるでしょう。
この講座では古美術を中心に前半は、「発達心理」、「コミニケーション」、「ジェンダー」、「都市・経済」、後半は古美術界の構造と「市場の構造」、「古美術商になるには」、「営業形態」、「メディア、町おこし・村おこし」について話をしたいと思います。
社会学で古美術を語ると堅苦しい感じになるますが、なるべく簡素な言葉で話しますので、気楽にお聞きください。

           
アリストテレス           フランス革命          O・コント          黒船来航          M・ウェーバー          吉本隆明

(2) 古美術と社会学

【1】 発達心理
発達心理学は幼児の躾、少年・青年の規範認識、大人の社会参加について考察する学問です。人が古美術に関心を持つのには家庭の影響が見られます。古美術商をしていてお客様と接していると、「小さい頃、家に古美術品があった」、「両親が骨董好きだった」、「食事の時、伊万里焼を使っていた」などの話を聞きます。大人になって自分でお金を稼ぐようになると、そのような人は自分で古美術品を買うようになります。
私の実家には古美術品などなかったのですが、美術系に進んだので古美術品と関わるようになりました。体質が合っている人も古美術品を身近に感じるようです。その他、歴史好きな人が古美術収集をします。
青年時、家族と一緒であれば古美術店に入るのも躊躇はないのですが、一般的に「古美術店は敷居が高そうで入りにくい」という声を聞きます。古美術は領域が広いので、自分の趣味がはっきりしていないと店主との会話が難しいと感じるでしょう。それに古美術には真贋がつきもの。価値を特定することが難しいのも古美術に関わりにくい原因となっているのでしょう。「骨董屋をしています」と言うと、胡散臭い顔をされます。実際に鑑識眼がないのに、自分の眼を信じて偽物を売っている古物商もたくさんいます(笑)。「古美術店に入ると高価な物か、偽物を買わされる」という気持ちが古美術店の印象のようです。
動物には「刷り込み」という行動パターンがあります。「パブロフの犬」は有名。古美術品との付き合いでも同じように刷り込みがあり、最初に偽物を本物だと思った人は、長い間、勘違いが続きます。「これは偽物ですよ」と指摘しても、「大丈夫です」と自信を持って答える。こうなると自分の鑑識眼を信じる一神教、宗教です。一信狂か…(笑)。
子供時代、人が家族の影響を受けるように、大人になっても収集家は専門家としての古美術商の影響を受けます。悪徳古美術商にとって、無知な客を相手にするのは赤子の手をひねるように簡単。子どもと違って大人は古美術商を選べるので、付き合う古美術商を吟味された方が良いでしょう。

【2】 コミニケーション
社会学でコミニケーションは重要です。人間が人間として存在する条件に言語を使ってコミニケーションをとる、があります。国や民族によって言語は異なり、それが文化として人間の世界に多様性をもたらしています。視覚や聴覚には共通性がありますが、言語は共通性が乏しい。どの国の子供も成長していく時、「母国語」を使って「教育」され、一人の人間になります。
古美術店での会話は、商品を購入する上で重要な役割を果たします。もっとも、古美術品の購入する時、一番、使う感覚は視覚、次に触覚で、会話は3番目の道具と云うことができるでしょう。時々、視覚や触覚といった感覚よりも知性、言語を信じて、店主との会話だけで商品を購入する人がいますが、店主への依存度が高い。このような人は相手が悪質であれば、偽物をつかまされることになります。
古美術品の領域は広いので、店主はお客様と会話しながら、共通認識部分を探しています。言葉や意識が不明瞭であれば、的確な商品を見つけることはできません。
客の中に「これを買うと儲かるか?」という人がいます。このような人は文化的教養より経済学的に古美術品を見ている人。そのような人に文化的な豊かさを話しても通じない。商品の相場や利益の話をしなければ納得しないのです。
古美術店に友人同士の会話のネタのために入ってくる人がいます。商品を探すよりも友人との会話を優先する。「これは昔、家にあった」というセリフが、このような人たちの共通言語で、酷い人になるとさっきした食事の話をし始める。そのような人たちは迷惑なので、「会話がしたければ喫茶店に行ってしてください」と店を出て行ってもらいます。古美術店は視覚で商品を探し、手取りで商品を確かめる場所です。場をわきまえないと、古美術店では店主に怒られますよ(笑)。
古美術商には専門分野があります。不得意なジャンルの話をされると、店主は戸惑います。私の場合は他の専門業者を紹介するようにしています。その点、西荻はたくさんの骨董屋さんがあるので便利です。
古美術店に行く時は、ある程度、目的を持って行った方が楽しめるでしょう。
最近、スマートフォンなどのチェーンメールが問題になっています。悪意のある書き込みが人を傷つける。古美術界もネット営業をしていますが、悪意のある業者がたくさんいます。「初出し」、「旧家からの蔵出し」、「自分は古美術に詳しくないので、判断してください」など、詐欺まがいのコピーが氾濫しています。
ネットは便利な半面、実物を見ることができないという欠点があります。ネットに掲載されている伊万里焼の半分は中国製の模倣品で、伊万里の専門業者も騙されています。眼の効かない業者ほど、自信たっぷりに話をします。「女房よりも、水商売のお姉さんが魅力的に見える」のは、古美術業界も同じ。古美術商と付き合う時は、その人がどのような言語、会話をしているかチェックすることが大切です。

【3】 ジェンダー
5歳児の男子は宇宙や空、町など空間を、女子は人の顔や家族を絵に描く傾向があります。これは男性が女性よりも社会性が強いことを表しています。社会学の分野に、ジェンダー(先天・身体・生物学性別ではなく、社会・文化的性別)の概念があります。日本の社会は先進国の中でも男性優位の社会なので、機会均等法が成立しても、女性の幹部は少ない。日本の農村部には「男性は会社で稼ぎ、女性は家事」といった風潮がいまだに残っており、その傾向は古美術界にも表れています。
男性の嗜好は車、時計、オーディオなど、機械系が好きで、女性は衣服、アクセサリー、食器など生活に関する趣味が好き。戦前は財界人、戦後は会社経営者など、古美術品収集は一部の男性の趣味でしたが、バブル時代になると団塊の世代の女性が伊万里焼を買うようになり、状況は一変しました。現在はそれほどでもありませんが、団塊世代の女性の伊万里焼収集の執念は凄かったですよ。たこ唐草、花唐草、みじん唐草への嗜好は異常で、当時、唐草の描かれた食器は今では考えられないような高値で取引されていました。団塊の世代の女性は「人が唐草を持っていれば自分もほしい」という個性のない画一化された感性をまかり通していました。1990年前後、美術品が高値で取引されていたので古美術商も潤った時代です。うらやましいですね。
最近は趣味が中性化する傾向にあり、男性が食器を、女性が仏像を買う時代です。以前、仏像を買う女性は変な人と思われていました。仏女が出現したのですから、時代は変った。最近、一人暮らしの女性が増え、家で料理をしないので、揃った食器の必要性が薄れてきたようです。
先月の31日、渋谷区で同性のカップルを結婚相当と認める同性パートナー条例が成立しましたが、古美術界でもこれから先、嗜好の性差は少なくなるでしょう。

【4】 都市・経済
西荻は「骨董の町」です。都内には西荻の他、日本橋、青山、麻布周辺に骨董屋さんが集まっています。大都会には古美術店が軒を連ねる町がある。大阪の老松町、京都の新門前なども骨董の町として有名です。
明治時代になると大名の旧蔵品の売り立てが盛んになり、古美術商・店が都市に出現しました。滞在していた外国人も、そのような店で商品を買ったはずです。明治40年には「東京美術倶楽部」が誕生し、古美術商いの基礎ができます。戦前は財界人向けの古美術品、戦後はサラリーマン向け、バブル時代以降、主婦向けの古美術品を扱いました。
地方に目を向けると、昭和50年代、古美術商たちは都市化が始った農村を回って蔵中にある骨董品を買いました。当時、田舎には古美術品の価値の理解できる人がいなかったので、古美術商は安価で品物を入手できたようです。そのような古美術品は青山などの古美術店に並び、徐々に価値を認知されるようになります。それがバブル時代、一気にブームを巻き起こした。当時は金余りだったので、資金が古美術界にも流入しました。私は先輩たちがどれくらい儲かったか、何度も話を聞かされます。
2000年代に入ると、デフレになり、古美術品の価格も下がりました。IТバブル、リーマン・ショック前は景気が良かったのですが、民主党政権樹立と3・11以降、古美術界は活気を失いました。30代、40代がお金を持っていない、少子化が業界にも影響を及ぼしています。
90年代、「平和島骨董市」、「骨董ジャンボリー」など、東京ビックサイトなどの多目的ホールで大きな骨董市が開催されるようになります。高速道路の整備、交通の発達によって都会と農村部が繋がれ、地方の業者も東京に出店するようになります。蔵にあった商品が、都市部で商われるようになったのです。
最近、地方の蔵に商品があることを偽装して、都会の古美術商を騙す人がいます。情報入手が容易になったので、古美術商も以前のようには騙されなくなりました。
その代わり、ネットで商品を購入する収集家が騙される確率が高くなったといえます。
先進国の経済格差問題、地方格差がクローズアップされ、富裕層の固定化が懸念されています。古美術収集にもその現象が現れている。美術品市場は経済と密接に結びついているので、近年は経済的に勢いのある中国人の古美術品購入が目立っています。円安がそれを後押ししている。現在の東京の古美術界を見ると、東京もアジアの一都市となったことを感じます。
ちなみに、中国人が好きな商品は日本製の鉄瓶、銅器、漆器などです。

           

(3) 古美術業界の推移

【1】 古美術界の構造
美術業界は近・現代美術品を売る商人と考古学品、古美術品を扱う業者に分かれています。古美術商になるには公安委員会が発行する「古物商許可証」が必要です。この免許があれば各地で開催されている業者市場に出入りすることができます。公安委員会に属しているのは盗品の売買に注意するために古物協会があります。
古美術商の商品入手するルートは4種類あります。
@専門業者の競り市(会員制、現金制)A業者間の取引(店舗、骨董市など)B収集家からの購入(以前、販売した商品の引き取り、遺産処理)Cインターネット購入(オークション)
このうち@Cはオークション形式で経験が必要です。

古美術商は様々な方法で入手した商品を、@店舗販売(一般販売、顧客販売)Aネット販売(一般販売、オークション)B業者市での出品、で売ります
Bなどは現金が必要な時、所持品の損失覚悟で売ります。

【2】 古美術商になるためには
日本に徒弟制度があった時代、古美術界も徒弟制度を導入していました。古美術商になるには大手古美術商の丁稚になり、修業を積むうちに店持ちとなりました。現在でも地方の骨董屋さんなどは自分の子を都会の大手古美術商に修行に出します。若い人たちは結構、厳しい修業をしている。自分の進路に悩んでいる若者からすれば、親が決めてくれてた骨董の修行は良い進路だと思います。
最近は変わったかもしれませんが、弟子は5年間、月数万円(家賃食事つき)で働かなければなりません。5年間の奉公が終わるといくらかの祝い金を元手に出店していたそうです。
昭和40年代になると、徒弟制度に縛られない若い古美術商が出現します。彼らは地方と都会の価格差を考慮に入れて商品を売買していました。地方で買い出した魅力的な商品を都会の市場で売りました。
1990年代、日本人が骨董の価値を認識すると、雑誌やメディアを見て古美術商になる人もふえました。美大出身者、古美術愛好家も古美術商になりました。私は独力で古美術を勉強した人間ですが、最初は悪い業者に騙されて大変でした(笑)。
団塊の世代の主婦の中に、旦那さんの資金協力を得て、古美術商になった人がいました。そのような人は素人で考え方が甘いので経営はうまくいかない。どの業種も事業を継続するのは難しいものです。
2000年代、従来の古美術品とは違う見方をする新しい古美術商が出現します。彼らは修行することもなく、自分の感性だけを信じて営業しています。専門家が決めた価値観よりも、素人の感性と感性の出会いが取引の中心となっている。流動的な価値観の変化をみていると、時代の感性は素早く変化することが分かります。

【3】 古美術商の営業形態
古美術商は商品を@店舗販売(一般販売、顧客販売)、Aネット販売(一般販売、オークション)、B業者市での出品で売ります。大塚家具の営業方針で親子がもめていましたが、古美術業界にも同様のことが起こっています。年配の古美術商はブランド価値、付加価値を高める商品、若者たちは感性にあった価格の商品を取り扱おうとする傾向があります。
最近は大手古美術店もネット販売を行っています。若い2代目はITに通じているので、ネット販売が可能になりました。60代以上は店舗販売、40代以下はネット販売をして、両世代がいる店は二つの営業形態を採用しています。
ネットを見ていると、それだけで商品を買うお客様がいるような感じがしますが、多くのお客様は店舗に来て、店主と懇意にしている人たちです。私の店にも北海道や九州から来店し、店を確認してから商品を購入されています。ネット販売も一度、信用されれば取引がスムーズです。
その他、古美術品販売には多目的ホールでの骨董市、定期的な企画市、露天市への出店があり、出店業者には店舗を持っている人もいない人もいます。

【4】 メディア、町おこし・村おこし
70年から80年代にかけては雑誌の時代でした。バルブ時代には古美術品の専門誌が発行されるようになり、その価値も認識されるようになりました。90年代は一番、古美術雑誌が発行された時代で、古美術愛好家は雑誌を見て、収集の方法を考えていたようです。今から思えば楽しい時代でした。同時期、「何でも鑑定団」がスタートします。テレビの影響も大きかったようです。
ネットが発達した2000年代になると、愛好家は雑誌よりもネットで店舗や商品情報を入手するようになります。商品選択の量、自由が広がり、個人にあった商品を買うことができるようになりました。これからは動画で商品を売る時代が来ると思います。
ネットが発達すると同時に各町、村でイベントが盛んになります。西荻でも「西荻ひな祭り」、「骨董市」、「ほんだら祭り」、「手仕事市」などの骨董企画イベントを行っています。最近は町おこしも複合的で、骨董、古本、飲食などを交えてイベントを行っています。骨董の町、西荻も私が住み始めた頃とは随分と変わりました。骨董屋さんよりも雑貨屋さんが増え、B級グルメならぬB級雑貨に人気が集まっています。
社会格差が広がっても、日本にはそれぞれの階層にあった古美術品が存在します。以前のように高価な物を所持している人が威厳を見せつけるような古美術ハラスメントの時代は無くなりました。価値観は時代とともに刻一刻と変化していきます。これからは自分の生活環境にあった古美術品を身近に置く楽しい時代が来ると思います。
(終わり)

           

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